赤い月
月が綺麗ですね。
とは、誰が言った言葉だか分からないが、私はその言葉を知っていた。
「夏目漱石ですね」
見上げると、月ではなく、そこには何故か観月がいた。
なんでこんなとこにいんの、この人。
「どうしてこんなところに、とでも言いたげな顔ですね」
『まあね』
「僕がいちゃいけませんか」
なんでそうひねくれて取るんだろうかこの人。
よくよく見れば、トレーニングウェアを身につけている。ジョギングの途中だったのかもしれない。
それならば、寮から結構距離のあるこの場にいてもおかしくないし、少し艶っぽく見えるのもきっとそのせい。
「僕は君にさっさと帰りなさいと言いたいですけれど」
『観月の方が数倍ひどい』
「勘違いも甚だしい。邪魔だと言ったわけではありませんよ」
君はまがりなりにも女性なんですから。
「ほら、送って差し上げますよ」
観月はいつだって、一言が余計。
そう悪態づいて、差し出された手にそっと自分の手を重ねる。観月は驚くわけでもなく、さも当然のように私の手を握り返した。
「月が綺麗ですね」
観月はそう言って私を見つめる。
月が綺麗ですね、なんて言葉、誰が言った言葉か分からなかったけれど、私はその言葉を知っていたから。
『私もそう思う』
観月を見つめ返して、息のような声で答えた。