チョコレートは誰のもの

「チョコをさ、」

『うん』

「作ったんだよね」


前の席の鳳くんは、私を振り返るとそう告げた。
ふうん、と適当に相槌を打ちながら、明日がバレンタインデーだったことを思いだす。
前々から思っていたけれど、彼もやはり男性から大切な人に贈り物をする文化の持ち主だったのだ。
貴公子オーラがぷんぷんとする彼を見ていれば、普通のことに思えた。


『誰に渡すの?』

「それは、まあ、秘密、かな」


まぁそうでしょうね。
こんな大勢の女子がいる教室で、特定の誰か、なんて言ってしまえば、大騒動だ。それに、告げたところで、きっと彼の尊敬してやまない宍戸先輩の名前が出るに決まっているのだ。
興味津々に耳を傾けている女子に、心無い謝罪をしつつ、私は次の小テストの範囲を眺めはじめた。


「ねぇ、梓月さんは俺が誰にあげるのか、興味ないの?」

『まぁ無くはないけど、でも秘密って言ったのは自分でしょ』

「そうだった」


へらり、と笑った鳳くんは、そのまま前を向いてしまった。
私は、頬杖をついて、彼の丸まった大きな背中をじっと見つめる。
彼と話すことが多いかと聞かれれば、ぶっちゃけそうでもない。事務的な必要最低限の事しか話したことなかったはずだ。
それなのに、今日は一体どうしたのだろう?

* * *

次の日、登校してみると、女子たちの黄色い声があちらこちらから聞こえてきた。
玄関に群がる女子たちの間を割って、ようやく自分の靴箱に辿りつくと、私の目は、まさに点になってしまった。
靴箱の中に、それはそれはかわいらしいピンクのラッピングがされたチョコが入っているではないか。
いや、誰かの入れ間違いでは?
そう思っても、ラッピングを解かねば相手が分からない。
どうしたもんか、と唸っていると、肩を叩かれた。鳳くんだった。


「こんなところで固まってどうしたの?」

『いや、その』

「あれ?チョコ?友達から?」

『分かんない』

「分からないって……開けてみたら?」

『これ間違って入れたんだよ、きっと……思いがこもって作ったものを、簡単に開けられないよ』


縋るように鳳くんを見つめると、困ったように、だけど、少しだけ笑って手伝うよ、と言ってくれた。
なんて優しい人なんだ。そんな彼に感謝しつつ、作戦を立てることにする。
どうやって見つけるか、が問題だけれど、差出人が分からない以上全クラス周ってみるしかないという話になり、二人で休み時間を使って周ることにした。
まずは下級生、該当者無し。
次は上級生、こちらも該当者無し。
残るは同級生、顔見知りな分何かとやりにくさもあるが一つ一つ周っていく。


「鳳、何やってるんだ」

「日吉」


声をかけてきた方を見ると、そこには鳳くんと同じテニス部の日吉くんが立っていた。
変なものでも見るような目で、私をちらりと見て、もう一度鳳くんを見る。


「チョコの差出人をね、探しているんだ」

「へえ」

『あの、このラッピングに見覚えとか、無いかな?』


日吉くんの前に、チョコを差し出すと、寄せていた眉を跳ね上げた。


「これ、鳳の」

「あー!日吉!俺日吉に用があったの忘れてた!ごめん、梓月さん、また放課後付き合うから!」


そう言って、ずるずると日吉くんを引きずって行ったまま、鳳くんは休み時間中に帰ってくることはなかった。
一体どうしたっていうんだろう。やっぱり昨日から変なの。

* * *

結局分からずじまいだった。
皆首を傾げて、見覚えが無いと言う。
もしかしたら、ひょっこり現れてくれるかもしれないと思い、私は玄関で待ってみることにした。
だんだんと暮れて暗くなっていく玄関にひとりきり。さっきまでの喧騒もどこへやら、しんとした空間に、だんだんと辛くなってきてしまい、帰ろうか、と開けた靴箱の中に、一通、白い封筒が置かれていた。
宛先は私。
のりもはられていない封筒には一枚の便箋が入っていて、そこには、屋上に来てほしいと一言だけ。
私は慌てて階段をかけ上って、息も絶え絶えながら、屋上の扉を思いっきり開けると、そこに立っていたのは


『鳳くん……?』

「梓月さん」


いつからここに、という質問は、彼の真っ赤になった鼻を見て飲みこんだ。


「来てくれないかと思った」

『鳳くんがどうして?』

「ちゃんと謝ろうと思って」


謝る?身に覚えのないことに首を捻っていると、鳳くんは、私へと一歩、また一歩と近づき、あっという間に、抱きしめられていた。


「はー……あったかい……」

『お、鳳くん?』

「ごめんね、梓月さん。そのチョコ俺のなんだ」


え。鳳くんのチョコ?
ちょっと待って、鳳くんのチョコ!?
私ってば、なんてことを!鳳くん宛てのチョコを、ずっと差出人を探して、鳳くんと一緒に、えっ。


『あ、謝るのは私の方では!?』

「ん?」


鳳くんを見上げて、ごめんと言うと、なんのことと言わんばかりの顔は、みるみるうちにまた申し訳なさそうな顔へと変わった。


「違う違う!ごめん!俺の言い方がダメだった!」

『待って待って、何が!?』

「これは俺のチョコ、俺が梓月さんへ渡したかったチョコだよ」


私へ渡したかったチョコ?誰が?鳳くんが?誰に?私に?
ふと、昨日鳳くんが言った言葉を思い出す。
あ、ああ、そういうこと。そういうことだったのか。
体の力が抜けて、その場にへたりこみそうになったが、鳳くんが私を支えてくれた。


「ごめん、なんだか、変な形になっちゃったけど、これが俺の気持ち」


受け取ってくれる?
至近距離で、そう笑む、鳳くんに、私は息のような声で、はいと頷いた。


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