欠けた月、ひとつ

平古場凛は女の子ではない。
女の子みたいな名前だが、れっきとした男である。


『で、ぬーで今年も我が家の雛祭りに平古場がいんのよ』

「さぁ?わんに聞かれても」


毎年3月3日になると、姉妹しかいない我が家では雛祭りパーティーを行う。
と言っても、ひな人形を飾って、夜にちらしずしやオードブルなんかを並べて食べるだけのこじんまりとしたもの。
それなのに何故かこの男はしれっと席についているのだ。
お母さんもお父さんもお姉ちゃんも何故かにこにことして、彼を迎え入れて、ゆっくりしていってねなんて言いながら、なんの違和感もなく、ご飯を食べている。
本当になんなんだ。

平古場とは、家が隣同士の幼馴染だ。
家族同士も仲が良くて、私もよく平古場と遊んでいた。
焼けた肌が健康的で、少し長い髪を揺らしながら、私の少し前を走り抜けていく。そんな情景が今でも思い出せる。
ずっとずっと長い付き合いだけど、ここ数年は、お互い部活が忙しかったり、クラスも離れたりして、話す機会が少なくなっていた。
それに変声期とか成長期とか。
随分と男らしくなった平古場に、変に緊張しちゃって、昔みたいに凛ちゃんなんて呼べなかった。

ご飯も食べ終わり、お父さんはお風呂、お母さんとお姉ちゃんは片付け、何故か平古場の接待をまかされた私は、縁側に座る平古場に冷蔵庫に入っていたサイダーを渡した。
さんきゅ、と控えめな感謝の言葉を聞きながら、私も並んで座ってサイダーの蓋を開けた。
ぷしゅっと空気が飛び出す音がして、しゅわしゅわと泡がはじける。
やけに耳に響いて、しばらく、隣からも同じような音が聞こえた。
今更何を話したらいいのか分からず、ただただぼうっと、今夜の月を眺める。
少し欠けてしまった月だ。
なんだか少し寂しくなって、隣を見てみると、ぱちり、平古場と目が合った。


「……なぁ、てん」


低い声がゆっくりと私の名前を呼んだ。
ぎゅっと心臓を掴まれたような気持ちになって、平古場の言葉を待つ。


「初めて会った時のこと憶えてるか?」

『平古場と初めて会った時のこと?』


引っ越してきて、お母さんに隣に挨拶しに行こうと言われ、手をひかれて行った先に、平古場……凛ちゃんがいた。
私みたいにお母さんと手をつないで、じっと私を見つめた後、仲良くしてねと、握手をした。
ああ、そういえば。
あの頃、ずっと女の子だと思い込んでたんだっけ。
3月3日がお誕生日だっていうから、雛祭りと一緒にお祝いしようって、あれ……そういえば、私が誘ったんだったっけ?


「わんに言ったこと、憶えてねーらん?」


凛ちゃんに言ったこと?
ダメだ、何も思い出せない。
平古場は私をちらりと見やり、そして大きなため息を吐いた。


「お前がずっと一緒に祝ってやるって言うから来てやってたのによー」


凛ちゃんとすごす雛祭りが楽しくて、楽しくて、別れ際、バイバイしたくなくて、凛ちゃんに言ったこと。
ああ、思い出した。
なんだ、私のせいじゃないか。


『誕生日おめでと、凛ちゃん』


大きく見開かれた平古場の瞳は、みるみるうちに細くなって、誕生日忘れんなよ、なんて悪態づきながらも、嬉しそうに笑った。


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