固く結ばれた唇がやけに気になった

窓際、二番目の席。
彼女が座っているその席を、今日もまた盗み見する。
かつかつとチョークが黒板を叩く音が響く教室で、誰も見ちゃいない黒板を、じっと、彼女だけが見つめていた。
不揃いな文字たちが今にもとび出てきそうだ、なんて言ったら、どこかの詩人が、きらり、メガネを光らせる気がする。


「……ここの問題、分かる人」


緊張に塗り固められた上ずった声で、我に返るが、その一言で再び思惑へと落ちていく。
綺麗に、真っ直ぐに、爪先まで伸ばされた手は、まぎれもない彼女のもので。
つと目線が、彼女へと向く。
思わずため息が出た。
ぴたり、目と目が合ったあの空間はもう、彼女と彼だけの世界だ。

だから、

だからなんだと言うのだろう。


「はい」


弾かれたように、二つの視線は自分へといっきに降り注ぐ。
彼女のように、爪先まで真っ直ぐに、俺もここにいると言わんばかりに。
彼は、なんだか気まずそうに、自分を指名する。
それは妬みだろうか、彼女の一際強い視線に、小さくしてやったりと笑った。


***


『邪魔しないでくれる?』


放課後、誰もいなくなった教室で、部活に行く前の俺を引き留めて、梓月てんはそう言う。
予想通りの反応に、口の端が上がりそうになる。


「邪魔しないで、って何のこと?」


俺もう部活に行かなきゃいけないんだけど。
軽く彼女の手をふりほどくが、許しちゃくれないらしい。手首を彼女の小さな手でつかまれてしまった。


『……この際だから言うけど、私、先生が好きなの』


知ってる。


『だから邪魔しないで』


だから邪魔をする。
彼女を見下ろすと、びくり、肩を小さく震わせた。
緩んだ彼女の手を逃がさず、するり、指でなぞり、彼女の指をからめとる。
眉根を寄せる彼女に、見せびらかすように、彼女の手の甲を頬に当てた。


「……この際だから言うけど、俺だって梓月が好きだよ」


そのまま軽く口づければ、彼女は、小さな悲鳴を上げた。
彼女は俺の手を思いっきりふりほどくと、まるで自分から逃げるかのように走り出す。
追う事もなく、ただただ走り去る彼女の背中が小さくなるまで見つめ続ける。
今日やっと、彼女の世界に入ることができたのだと、一人静かに興奮を覚えた。


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