おやつと手のひらと負けず嫌い


「ううむ……」

ありとあらゆる調理器具や材料を前にネムは腕を組んで唸りを上げていた。

「どうしたの?」
「あ、ミク……」

そんなネムを見て見ぬふりができなかったのかミクリオが彼女の後ろから声を掛ける。
その声で振り返った彼女は酷く眉間に皺を寄せていて、なんとも言い難い表情になっていた。

「遺跡や石碑、古書やら遺物を前にしていないのにも関わらずそんな悩んだ顔をして……今日は雨でも降るのかな」
「その言い草はひどいと思うぞー」

わざとらしく天井を仰ぐミクリオにネムは頬を膨らませて不細工な顔になっていた。

「それで、何に悩んでるの?」
「なんだと思う?」
「…………。」
「ちょっ、訊いてきたのに無言で立ち去らないでよー!」

ネムは回れ右をするミクリオの肩をがっちりと掴み、逃げられないようにと調理場へ引き寄せる。
そうしてる内にスレイの元へと逃げればいいにも関わらず、ミクリオは物理的に抵抗するが姿を消して逃げはしなかった。

(ミクはほんと、昔っから付き合いが良くて優しいなー)

それはスレイも同じことだが。違うところはと言えば、スレイは素直に頷いてくれるものの、ミクリオは少し小言を口にしながらも付き合ってくれるというところだろうか。と、ネムは一瞬ほくそ笑んで緩んだ頬を戻して、本題に入ることにした。

「実はさー今日のおやつは何作ろっかなーって迷ってるんだけど、どうしたらいいと思う?」
「得意中の得意なシュークリームにしなよ。はい、おしまい」
「シュークリームは昨日作ったんだよー!!……はっ!そうだ!!」

ネムは嘆いていたかと思えば急に動きが止まって叫んでチラチラとミクリオに視線を送る。

「ん?」

ミクリオが訝しげな目をして小首を傾げると、ネムがにんまりと笑う。
とんでもなく嫌な予感がした。

「ミク!美味しいアイスクリームの作り方教えてよ!」
「なんでそうなるんだ……」
「ほら、私あんまりアイスクリーム得意じゃないからさ〜」

お願いします!と誠心誠意が込められて頭を下げられると、どうも断るにも断れない。
乗りかかった船とはこういうことなのか、ミクリオは軽率に声を掛けてしまったことを少し悔やみつつもネムの手伝いをすることにした。
もちろん、

「貸し一つだからね」
「もっちろーん♪」

さっきまで頭を下げてたネムは返答を訊いて早々に頭を上げて、「ひゃっほーい!これでシューアイスが作れる〜」と鼻歌を唄いながらさっさとアイスクリームを作る材料や器具を揃えていった。



***



「あ」

ミクリオが調理し、ネムがそれを見学するという形で行程が進み、ミクリオが生クリームを作った後に氷水で作った生クリームを冷やしながらかき混ぜているとネムは何かに気づいたのか短く声を上げた。

「な、何?」

突然の大声に驚きはしたが、ミクリオは手を止めずに作業を続ける。
しかし真剣な視線が痛く、先程よりも動きが鈍っているのは確かだった。

「ミクの手、大きくない!?」
「え?」

顔を凄ませながら広げた手を前にしたかと思えばそんなことだった。
ミクリオは脈絡が何処にあるのかわからずに拍子抜けて間抜けに首を傾げていると、ネムは華奢な掌を泡立て器を持つミクリオの掌に近寄らせてきた。
これで完全に手が止まってしまった。アイスクリームはいいのだろうか?
生クリームがドロドロになる前に仕上げたいというのに。しかもネムが近寄ってから氷の溶けるのが早いような気がする。

「ほら、やっぱり私より大きいよっ!」
「そりゃ、ネムは女の子なんだから差くらいあるだろ」

ミクリオは凄むネムを離れさせるとまた作業の手を動かし始めた。
そのおざなりな対応にネムは文句の一つくらい言いそうになったが、今はミクリオ特製アイスクリームの技術を身に付けなければいけないので、大人しくそれを見ることにした。

「ぐぬぬ……スレイに負けてたから、せめてミクには……って思っていたのにぃ〜〜」

しかし悔しい気持ちは滲み出てしまうものだった。
ネムは同郷の二人に対しては対抗意識があるのか、競いたがる癖がある。
軽い遊び心のようなものが擽られているだけであるが、その競争心のお陰で掌の大きさで負けたことでもネムにとっては悔しいものは、悔しいのである。

「まぁ、身長は私の方が高いけどね!」

しかし勝るものがあるからか、開き直りまで付いてくる。そしてそこに辿り着くまでが早いのだ。
ネムはブーツのヒールを差し引いてもスレイと同じ身長であるので、ミクリオよりも身長は高い。
幼馴染みの中で一番背が低いということはミクリオにとってコンプレックスのようなものだが、少し違った。
ミクリオは嫌気を差すよりも、ネムと同じく負けず嫌いなのである。

「そのうち君の身長抜くから」

真剣さを染める薄い紫水晶を少し高い位置にある琥珀に向けると、ネムはその琥珀を緩めて得意気に笑みを浮かべた。

「抜けるものなら抜いてみなさーい」
「大丈夫。絶対抜くから」
「大丈夫。絶対抜かれないから」

お互いが顔を見合わせて対向意識をぶつからせていると後ろから影が近寄ってきた。

「俺もネムの身長抜くぞー!」
「「抜かなくていいよ!」」

最後に後ろから混ざってきた影――スレイの一声で先程まで二人の間で散らしていた火花は収まり、ミクリオとネムは同時に振り返って反論した。
驚くほどに揃っているものだからスレイは暫く目を丸くさせ、後に不満ありげに唇を尖らせる。

「二人して否定しなくてもいいじゃんかー!」
「だって、やだなんだもーん!」
「これ以上差はつけたくない!」
「こっちだって抜かれるのはやだぞー!」

そんな三人のやり取りが続く中、放置された生クリームは徐々に溶けていくのであった。




2015/06/13
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