青の祓魔師




必死にユキを演じていたら、いつの間にかそれが自然となっていき、そしたら接し方も変わっていった。
感じ方も、見え方も、まるで違う。
僕が演じる“ユキ”は明るく社交的でお喋り、そして少し甘えん坊だ。
最後のはもしかしたら自分の願望が出ているのかもしれない。そう思うと恥ずかしくなる。

「ユキ」

だけど変わっていくのは僕だけはなかった。
兄さんが呼ぶ声も時間が経つにつれて変わっていく。
いつもとは違う、弟という存在ではない、まるで友人と接するかのような態度へと変わっていく。

「ほら、次引けよ」

たった二人だけのババ抜きの最中。
二枚並んだトランプを突き出される。

「………こっちで!」

思いつくまま右側のトランプを取ると案の定それはババだった。
あまりにもショックでそのまま後ろに倒れこむ。
その直前にユキが取ってしまったトランプではないほうを抜き取った。

「ブワハハハハ!ユキ、お前の負けだな!」

「ちくしょう!次こそはいけそうだったのに!!」

まだ高笑いをする兄さんにユキはそのまま大の字で寝そべった。
寝転んでも大丈夫。ここは一応ベッドの上だから。

「燐は運が良すぎる」

「ユキは運がわりいな」

そう言われて包帯を巻かれた手で額を叩かれる。
普段だったら痛いと言って即不機嫌な顔を隠しもせずにさらけ出すのだけど、なぜか今はそんな気分ではない。
額を撫でると笑って「イテーだろ」と言うだけだ。

「勝てねえから、トランプ飽きた」

「うんじゃ、何する?」

適当にトランプを纏めて元の箱に入れると兄さんもユキの隣に寝転んだ。
男二人がベッドで並んで寝転ぶのは結構キツイし狭い。

「…猥談?」

「ぶはぁ!そっちに行くのかよ!?」

「好きな子の話とか、してみたい」

「そんな話したことねえよ」

「いないの?」

「…う〜ん、あんまり考えたことねえからな。いない、かな?」

「そっか」

隣の兄さんを見つめる。
二段ベッドの上を見つめるばかりだ。

青い瞳、黒い髪。
なぜだろう、今だけはそれが酷く魅力的に見えた。

人差し指で頬をつついてやると柔らかい感触が返ってくる。
そうするとやめろと言って優しく人差し指を掴み、嬉しそうに笑うのだ。
そして優しく丁寧に、大切な物のようにして「ユキ」と名前を呼ぶ。
それに心臓が跳ね上がった。

ドキドキして、体温が上がっていく。

「そういうお前はどうなんだよ」

「…ぼ、俺?」

一瞬だけ、弟の存在が出かけたことに慌てた。
直ぐに言い直せたが、ここで間違えてしまっては今までの時間は全て無駄になってしまう。
そして直ぐに暗示をかけた。

俺は“ユキ”だ。
俺は“ユキ”だ。

何度もそう繰り返すと自然と“ユキ”という人物が重なっていく。

「…好きな人、いるよ」

そして自然と出た言葉はそれだった。
僕自身も驚く言葉。

僕には勿論、好きな人なんていなかった。
家族や友人などで好きな人はたくさんいたが、それ以外の好きとしてはいない。
言い直そうと思ったが、時既に遅し。
兄さんがキラキラした目でユキを見ている。

「誰!?誰だ?俺の知ってる奴!?」

そして想像通り食いついてきた。
仰向けだった状態からうつ伏せになり、両肘をつくと横で僕の顔をのぞき込んでくる。

「誰だよ?」

「…ナイショ」

「おまっ、だったら会話の意味がねえだろうが!」

「俺だけ教えるのはフェアじゃないだろ?」

「う〜…だけど知りてえ」

「それじゃあ、燐の好きな人の話してよ」

「いや、だから好きな奴なんていねえんだよ」

「燐のお父さんとか、いるだろ?」

「ソッチの好きかよ」

すると口を尖らせ、少し考えるようにしだした。
僕は相変わらず仰向けになって兄さんを見つめるばかりだ。

「…俺さ、弟がいるんだよ」

「…へえ」

弟というと、それは僕自身の存在だった。
だけど今だけは違う、今の僕は弟ではない赤の他人である友人。

「そいつは頭も良くて、よくは知らねえけど多分周りからも結構信用されてると思うんだよな」

「べた褒めだな」

「俺の自慢の弟なんだよ。だけど、たまに俺がいるとダメなんじゃないかと思うんだ」

「…なんで?」

「こんな乱暴な兄ちゃんに関わってたら、周りからどういう事言われるか分かんねえ。あいつ優しいから学校でも俺に話かけてくるし」

どこでもない場所を見つめる瞳。
それは少し悲しい色を映していた。

「燐」

名前を呼んで兄さんに手を伸ばす。
また頬に触れると兄さんはユキを真っ直ぐに見た。

「俺は、燐の事好きだよ」

そうハッキリ言ってやった。

「お前の優しいとこ、弟君も俺も、ちゃんと知ってる」

ちゃんと全部知ってるから。

「燐が必死に足掻いてることも、誰かを守ろうといつも傷だらけなことも、俺はちゃんと知ってる」

だから泣くなと、兄さんの瞼から落ちる滴を指先で拭ってやった。

兄さんは静かに泣いている。
悲しいのか、そうでもないのか、僕には分からない。
だけど兄さんは確かに静かに泣いていた。

「そんなお前が、俺は好きだよ」

優しく腕の中に包んでやる。
まるで告白みたいだと思いながら、抱きしめてやった。
腕の中の存在は昔はあんなに大きかったのに、今はとても小さく思えた。
優しく優しく、抱きしめてやる。

「恥ずかしい奴…」

ポソリと言われて、兄さんは腕の中で少し身動ぎをした。

「……ありがとう、ユキ。…雪男」













「なーに泣いてんだ。雪男」

「…神父さん」

顔も上げず机に顔を突っ伏す僕に神父さんは頭を乱暴に撫でた。

「珍しい恰好してるな。一体どうしたんだ?」

いつもの僕とは違う崩した制服の恰好に、ワックスでべた付く頭。
僕の頭を触ったから、きっと神父さんの手も少し粘ついただろう。

「…今は雪男じゃないから」

そうだ、今の僕は“ユキ”の恰好なのだ。
神父さんはしばらく考えるようにすると、ただ「そうか」とだけ答えた。

「んで、燐はどうした?」

自室には僕だけ。
兄さんはあの後、泣いたことが恥ずかしくなったのかそそくさとどこかへと行ってしまった。
帰る場所はここだから、どこに行っても無駄なのに。

「…出かけた」

「ンだよ、だったらついでにおつかいでも頼んできゃよかったな」

「神父さん」

「ん?なんだ?」

僕はまだ顔を机に突っ伏したまま、後ろにいる神父さんの気配だけを感じていた。
顔が上げれない。上げたくない。

「僕、学校で女の子に優しいって言われたんだ」

「おお!そりゃあいい事だ」

そう言って神父さんは僕の隣に座る。
顔をのぞき込むなんて無粋なことはしてこなかった。

「僕は優しくなんてない」

「そりゃあ、なんでだ?」

「僕が優しいなら、あの人はどうなるんだ」

そうだ、僕が優しいならあの人はなんなんだ。
兄さんは一体なんになるんだ。

「僕は優しくなんてない。優しいのはあの人の筈なのに」

「…そうか」

神父さんはまた頭を撫でた。
先程とは違う、優しい子供をあやすような手つきで。
そうすると僕はまた自然と涙が出た。
顔を上げず、机の上に滴を落としていく。

どうしてだろう。
僕の優しいはこんなにも簡単に認められるのに、どうして兄さんの優しいはこんなにも誰からも認められない。
それが酷くもどかしくて悲しい。

「僕だけじゃダメなんだ。僕だけが知ってるじゃ、ダメなんだよ」

僕だけではダメなんだ。
もっと、もっと、皆に兄さんを見てほしい。

彼は優しい人なのだ。
誰よりも何よりも優しくて繊細な人なのだ。
そんな彼がどうして独りになる。

僕のやったこの姿も、やはりただの自己満足だ。
だって結局は弟と言う枠から出る筈もなく、ただの友達ごっこをしているだけだったからだ。
彼を救える筈もない。

「雪男、お前は優しいなぁ」

「違う。こんなの優しいじゃない」

「それでも、お前は優しいよ」

神父さんはそう言って僕を優しく抱きしめる。
ユキの姿の僕を抱きしめる。
それは温かい、親が子供にするような優しい抱擁だった。

「雪男、そのままのお前でいろな。そしたらアイツの優しいも、いつかきっと救われる」

「…救われないよ」

こんな無力のままじゃあ、きっと兄さんは救われない。
あの優しい人を救えないのだ。
僕はただ神父さんに縋るようにして泣くことしか出来なかった。


























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