【春の隣で】

「明日、雪が降るかもしれないな」

宿の窓際でカインが気だるげに言っていたその次の日。

「カイン、予知能力があるの?」
「あるわけないだろ……」

閉ざしたままの窓から空を見上げて呟くリディアにカインは苦笑した。

「空と気温と……空気の匂いとかそんなので何となく感じるだけだ」

たった一晩で外は白銀の世界。
わずかな光をも眩しく煌めかせ、リディアはすっかりその景色に見入っている。
その雪は未だ降り続き、結局今日の予定だった出発は明日へ見送ることになった。

「カインは昔から天気に敏感だったからね」

懐かしそうにセシルが目を伏せ、微笑う。

「そうね、いつも空に近いところにいるみたいな……。 わたし小さい頃、きっとカインは空とお話できるんだって思ってたわ」

そんなわけない、とカインが苦笑して返すとそれに答えるようにクスクスと笑い声が起こる。

「じゃあ今はどう? 雪は止みそう?」
「うーん……降ったり止んだり……。 って感じか。 晴れはしないだろうな、雲が重い」
「そっかぁ……。 でもあたし、雪って好きだな。 こうして見るのもすごく久しぶり!」
「……そうか」

地底に雪が降るはずもない。
彼女にとってはおよそ10年振りとも言える雪景色だった。

「外、歩いて来てもいい?」
「え……でもかなり寒いわよ、大丈夫?」
「いっぱい着て行くから平気だよ〜〜! ね、カイン!」
「…………え?」

まさか否とは言えやしない。
この一言で必然的にカインはリディアのお供決定となった。

 

「うぅぅっ、寒〜〜いっ!」

真っ白な地面、さくさくと小さな足跡を残しながら、リディアははしゃぎ駆け回る。

「まるで子犬だな……」
「え? なぁに?」
「や、何にも。 転ぶなよ」
「平気だも〜〜ん!」

彼女の平気、はどうにも頼りなかった。
足を滑らせやしないか、雪に埋もれて見えない段差につまづきやしないかと見守る方は心配が絶えない。

「雪だるま作れるかなぁ?」
「それらしい物は作れはするだろうが、泥まみれになるんじゃないか。 もっと積もらないとな」
「じゃあ小さいのならきれいにできるよね!」

セシルたちに見せたいから、と彼女は地面に蹲る。
せっせと雪と戯れる姿にカインは微笑し、見守った。
が、その表情はすぐに強張り慌てリディアの元に駆け寄る。

「リディア、お前……ッ!」
「ど、どしたの?」
「どうしたじゃないだろ! 手袋はどうした!」
「お、置いて来ちゃった……綺麗なの買ってもらったから汚したくなくって……」
「バカ! 何のための手袋だか解らないだろ……!」
「!」

雪玉を持っていた手を捕まれてリディアは思わず目を丸くする。
冷え切ってじんじんと疼く指。
カインの大きな手に包み込まれ、僅かずつ熱を取り戻していった。

「…………買いに行こう、汚してもいいような……手袋」
「……カイン……」

時折息を吐きかけ擦り温めてくれる仕草が嬉しくてリディアは頬を赤く染める。
カインは自らが着けていた右手の手袋を外すと、それを彼女の小さな手に着けさせた。

「あはっ、おっきい!」

けれどもそれは先ほどまで着けていたカインの体温で程よく暖かい。

「……じゃあ行こう。 雪が解ける前に戻ってこないと雪だるまも作れないからな」

冷えたままのリディアの左手にカインの右手がそっと触れた。
直に伝わる温もりがそこから全身に伝わっていく感覚。

「あたしね、雪は好きだけど寒いのは苦手なんだ」
「……俺もだ」
「でも冬は好き。 今、好きになったの」

リディアは表情を綻ばせ、その手をきゅっと握り返した。

「…………俺もだ」

寒い中、手を取り合うのにほかの理由など必要ない。

自然に愛しさと触れ合える冬。
眩い白と、輝く金の糸。
……隣で微笑う竜騎士。

美しく暖かな冬。
彼女はそんな季節を愛した。


おしまい

(07'01/01)
 
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