【静なる竜の誓い】

「ここがバロンのお城なのね」

少し後ろを歩き付いてきていた少女の言葉。
何の気なしに振り向いたカインは肯定の返事をしようと口を開く。
……が、言葉が声として出てくることはなく黙り込んでしまった。

地底にて敵の追撃を振り払うべく散ったシドの言葉に従ってバロンを訪れた一行であったが、その直前にもヤンがバブイルで消息不明となるなど、余りにも多くの悲しみと痛みに苛まれメンバーの誰もが疲れきっていた。
そんな中で図らずもセシル、カイン、ローザにとっては久々の帰郷、そしてリディアにとってもおよそ10年ぶりの地上への帰還となったけれど……。

かつては世界に誇る強大な軍事国家であった、バロン。
王だった邪悪な者は絶え、頂を失い衰退しかかってはいるが、それでも未だ聳え建っている城を彼女はじっと見上げていた。

その切なげな瞳と表情にカインは何も声をかけることなどできずにただ俯く。
元来明るくお転婆なリディアの性格、言動と笑顔に紛れ迂闊にもその胸に秘めた悲しみを見失っていた自分を酷く恥じた。

ここは……
このバロンという国は
そしてカイン自身もまた
彼女にとっては紛れもない母と故郷の仇なのだ。

「どうしたの? セシルもローザも先に行っちゃったよ、あたし達もいこっ!」

黙り込み、難しい顔をしていたカインの元へ早足で駆け寄ってくる少女の気配。
はっと顔を挙げると先程見せた切ない表情ではなく、いつもの明るい笑顔のリディアがカインを覗き込んでいる。
入城を促され彼は咄嗟に微笑を作って頷くと、先に歩きだした彼女の後へとついて門をくぐった。

健気な明るさにと笑みに救われながら、けれど同時に胸が痛い。

こんな時にすら優しい言葉ひとつかけられないのだ。
カインは自らの情けなさに憤り、1人拳を握りしめた。


「……なんだって? いつからだ」
「多分もう3時間くらい経ってる……。 初めて来たお城で、きっと迷っているんだわ! あぁ……どうして1人にしてしまったのかしら……!」

リディアの姿が見当たらない。
慌てふためくローザからの知らせを受けて、カインは眉を寄せた。

このときバロンでは魔物であったと言えど王たる者がいなくなり、同時に国の重臣たちの中にも消えた者が多数いた。
そうすると自然と軍の長を務めていたセシル、カインにも国政に関わる相談と仕事が回って来たため突如として忙しくなり、ローザもそれを手伝っていたのだ。
そして彼らがその対処に追われている間にリディアは1人、城の散策に出たようだった。
もう魔物が出ることもなく安全ではあるが、なんせ城内は古く広大で、入り組んだ造りになっている。
初めて訪れた彼女にはダンジョンと同じであろうとカインは溜め息をこぼした。

「セシルは先に捜しに出たんだな? ならば入れ違いにならないよう、お前は部屋で待っていてやれ。 俺も城内を捜してくるから……」
「うん、うん……」
「心配するな、すぐ見つかるさ……」
「うん……!」

心配と自責のあまり青い顔をし、今にも泣き出し兼ねないローザを宥め、彼女の肩を軽く叩いてやる。
声は震えているが返ってきた返事にカインはひとつ大きく頷いて、椅子に掛けていた上着をひっ掴み袖を通しながら政務室を早足で出ていった。



飛空挺整備室から魔術研究室、監視搭、訓練場、果ては城内従事者用の食堂や浴場、休憩室……あらゆる場所を駆け回ったが、リディアの姿は見当たらない。

これで3度目の城のエントランスにたどり着いたとき、同じくリディアを捜して回るセシルと鉢合わせた。
その隣に捜し人の姿はなく、少しばかり肩で息をし未だ不安げな表情から、どうやら彼もまたリディアには出会わなかったらしい。

「いないか」
「うん……どこに行ったんだろ……。 あとはもう外しかないな……」

セシルの言葉に、カインが髪をかきあげ溜め息を吐く。
出掛けに羽織った上着は既に脱ぎ腰へと巻き付けられていた。
暫し腕を組み思案顔だったが、ふいにセシルへ向き直り、セシルもまたカインを見つめる。

「俺が飛竜で外を見回ってこよう。 このあたりの魔物は大して強くはないから外に出ていたとしても大丈夫だとは思うが……お前はまた城内を頼む」
「……解った。 頼んだよ、カイン」
「ああ」

会話の返事も途中にカインは踵を返して歩き出す。
ほんの少し、その背中を見送って、セシルもまた城内の探索へと駆け出した。

飛竜の飼育と訓練が行われているのは城から少し離れた別棟の建物。
城壁の中に建ってはいるが、専用の出入口を使い一旦城外に出て、それから中にはいることができる仕組みだ。
少々面倒ではあるが訓練途中の竜が暴れるなどした場合、直接城と繋がっているよりは安全だろうと考えられた構造である。
その出入口の扉を開けようとしてふとあることに気がついたカインはドアノブを回す手を一瞬止めた。

……そうだ、城内から直に行ける訳ではなかったから、ここには捜しに来ていなかった。

大股で入り口をくぐり、今度は飼育館へ繋がる門を開ける。
階段を昇る足取りは段々と速度を上げていき、いつの間にか一段飛ばしで駆け上がっていた。
たどり着いた最後のドアの向こうからは複数の竜の鳴き声が聞こえてくる。
少し乱れた呼吸を整えて、そっとそのドアを開けた。

「…………」

一番奥の一角でその体を丸く器用に納めて横たわる、銀色の竜。
そして、その体をベッド代わりにしている小さな人影を見つけ、カインは足音を忍ばせて歩み寄る。

「……ここだったか…………」

あれだけ城内を駆けずり回って捜していた、リディアの姿がそこにあった。
膝をつきその様子を観察すると、すやすやと穏やかな寝息をたててすっかり寝入っているよう。
具合が悪く倒れた訳ではないことがひとまず確認できたことで、カインはホッと息を吐いた。
大人しく寝台になっている竜の頭や頬を労るように撫でてやれば、竜はクルクルと喉をならして頭を擦り寄せてくる。
その様子にカインはその表情を綻ばせ、そしてちらりとリディアを見やる。
基本的には飼育担当者と竜騎士以外は出入りしない施設だ。
なぜこんなところにやってきたのかと首を捻り、カインは静かに立ち上がる。

視線の先には木製の格子が嵌まった横長の窓。
その向こうに広がるのは、バロンから北に連なった山脈の広大な風景だ。

しかし、その山の連なりとある記憶が結びついた瞬間カインはハッとし、未だ夢の中のリディアを見やった。
一度甦った記憶とその光景は酷く克明なビジョンとして脳裏を巡る。

そう、かつてセシルと2人赴いたあの山の麓には洞窟の入り口があった。
中は霧深く、いつの間にか鎧や兜に水滴がついていた程だ。
雲の中を歩くように進んだ先で出会ったのは神秘なる霧の化身。

そしてその先には………… 。

「ミストが……」

命令に従っただけだった。しかし知らなかったとはいえ。
奪い、焼き払ってしまった、彼女の母と故郷の村……。

ここから村の跡が見えることはないが、それでもこの風景を眺めてリディアは何を思ったのだろうか。
帰れぬ村を、会えぬ母を思い、これまでもきっと幾度となくその瞳を涙に濡らしたはずだ。

沸き上がる自責の念。
いくら悔やんでも悔やみきれず、償うこともできない。
取り返しのつかない、自身の犯したもうひとつの過ち……。

崩れるように座り込むとカインはたまらず頭を抱えて項垂れた。
これまでもその罪を忘れたことはなかった。
責めることをしないリディアに戸惑い、謝罪をしようとしてそれを止められたのもまだ記憶に新しい再会の日のことだ。
カインの表情は知らず知らずに歪み、涙なくとも泣いているような。

それを見た竜が慰めるように彼の顔を覗き込むが、カインは視線すら上げることはしない。
じっと見つめるリディアの寝顔。
カインは腰に巻き付けていた上着を解くとそっとそれを彼女に掛けてやる。

……が。

「っ……んん……カイン……?」
「あ……悪い、起こしたか」

伏せられていた瞼が震えて、ゆっくりと現れるアメジスト。
カインは内心酷く狼狽え、言葉だけは冷静に起こしてしまったことを短く詫びたのだが。

「どうしたの……?」
「どうしたって……お前がいなくなったと聞いたから、捜しに……」
「あっ……ごめんなさい。 でも違うの……カイン、何か悲しいこと、あったのかなって……」

ここにいる理由を問われたのだと思ったカインは経緯を端的に伝え、それにはすぐに謝罪が返ってきた。
しかし、その後。問いかけの真意を伝えられ、カインは今度こそ戸惑い、目を丸くしリディアを見つめた。

「何だかカイン、悲しいの……。 ……ヤンとシドおじちゃんのことね……?」
「……え」

思いがけない言葉にカインはつい声を洩らして眉を寄せる。

「ずっと一緒だったのにね……カインも悲しかったのに、ずっと……ローザやセシルやあたしを気遣ってくれてた……」
「……」
「ごめんね……ありがとう」

それはカインこそがリディアに言いたかった言葉だった。
かつて自らも彼女に辛い思いを味わわせ、また今回も共に戦った仲間を失った。

何も護れず救えず、労れもしない。

「礼を言われるようなことはしていないし、謝罪されることも何もない。 それは……」

……それは俺こそが、お前に。

鼓動が痛い。
言葉も先が紡げずに、黙り込んで深く俯くカイン。
こんなにも弱弱しい彼の姿を見るのは初めてで、リディアも様子を伺いかける言葉を捜して困ったような顔をする。

けれど、言葉が出るより動くほうが早かった。

「悲しいときとかつらいときとか……誰かが一緒にいるとほっとするよね」

そう言った彼女の声が聞こえたのは、体を暖かく包み込まれた後だった。
カインは頗る驚いて、リディアとは対照的に完全に固まってしまう。

「あたしもね、さっきこの子に慰めてもらったの。 すごくすごく、落ち着けたから……」

彼女の言うこの子とはベッドにされていた銀竜のことだ。

「カインも、こうしてたらきっとほっとできるよ……」

細い腕、小さな体に包まれて、久方ぶりに味わう誰かの体温。
こんなにも暖かく心地良いものだったのかとカインはそっと目を伏せる。
緊張していた彼の息がゆっくり吐き出されていくのを感じて、リディアは更にカインに寄り添った。

「……一人にして悪かった。 仕事も終わったから、セシルとローザもお前を待っている」
「……うん、じゃあ戻ろっか」
「でも」

「!」

そういえばカインは自分を探しにここまできていたのだと思い出したリディアはそっと抱擁の腕を解く。
けれども、それを制したのは今度はカインの方だった。

「もう少し……こうさせていてくれないか」

女性らしい、しなやかで華奢な体を力強くカインがその腕の中に抱き留める。
リディアが自分から飛びついたり抱きついたり、そういったことは間々あったが、男性からこうして抱きしめられる感覚は彼女にとって初めてだった。
弥が上にも心拍数が上がる。
これまで無邪気にとってきた行動のそれとも違う、感覚。
 
嫌じゃない。
嫌なんかじゃない、これは…………

驚きの表情からだんだんとリディアの顔が綻びはじめ、一旦は解いた腕がもう一度カインの背中に回される。

「いいよ、今日は特別に甘えんぼカインさん、ね」


やさしい声を聞きながらカインは悟られぬよう苦笑をこぼす。けれど、この心地よさに抗う気にはならなかった。

守るつもりが守られている。
姿かたちは儚いけれど、彼女は思っているよりずっとずっと強かった。
 
 
…………この娘を、リディアを……今度こそ俺が、守りたい。


それは、これまでと違う……ともすれば初めて抱く感覚。

重なる鼓動
触れ合う体温

カインはただ静かに……そして強く、願っていた。


おしまい
(11'09/09)
22222hitレイ様のリクエストでした。
 
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