【咎人は祈り天を見る】
魔導船の……普通の船でいうと甲板に当たる場所。
天井はガラスみたいに透明で、見上げれば一面の星。
朝も夜もないこの月で一面の星空に向かい跪いて、カインは祈りを捧げてた。
偶然見つけたその姿。
声を……かけてはいけないような、雰囲気。
だけどその場から動けずに、あたしはただ、彼の後ろ姿を見つめていた。
ほの暗い、微かな星の光に包まれて無心に祈り続けるその姿は……まるで、天使。
どこかの壁に飾られていた絵画……堕ちた天使が空を望み、恋い慕う姿を思い出した。
ずっと……じっと、眺めていたら、不意に彼が立ち上がる。
「ぁっ……」
あたしはものすごく驚いて…小さくだけれど思わず声を上げてしまった。
それに気づいたカインがパッと振り向く、その……瞳。
「リディア……か……」
掠れた小さな声が驚いたようにあたしを呼んだ。
少し見開かれたような翡翠色の綺麗な眼に少し、光が揺れる。
……泣いて……いたの……?
「どうした……眠れないか」
「カイン、こそ……どうしたの……?」
「……見ていたんだろう?」
顔を少し俯かせ、口元だけで、微笑う。
「ん……うん……」
静かに……彼に歩み寄った。
するとカインはそっと自分の目元を擦る。
やっぱり、泣いてた……?
「なにを熱心にお祈りしてるのかなって、思って見てた……。 神様は……お願い事、聞いてくれそう?」
「神は何も叶えてはくれないさ……」
「カインは神様を信じてないの?」
「どうだろうな……」
ふ、と溜め息を吐くように笑って見せる。
けれどそれは、困ったような。
「罪人は神の雷に打たれ裁かれるものだと昔、何かの本で読んだことがあった」
「……ぅん?」
「だから……それを望み、願い乞うていたところだ」
「カイン……?」
何を、言ってるの……?
「だがやはり神とやらは罪人には優しくないようだ。 俺の願いなど聞き届けてはくれず、未だにこうして生き続けている」
湛えた微笑は崩れない。
「神にさえ見捨てられ、裁きという救いすら得られない……」
だけど今にも泣き出してしまいそう。
「いや……もとより俺は救いなど求めてはいけなかったんだな」
いつも凛としている彼が、こんなにも儚い……!
「どうして……? カインだって苦しいなら救われていいに決まってるじゃない……」
「それは無理だ、俺の罪が裁かれることはない。 償いもせずに救われることなどあるわけがないだろう?」
「裁く必要なんてないじゃない、だって悪いのは……」
そこまで言ったところでカインの表情が変わった。
……微笑は消え、迷子の子供みたいに……虚ろな瞳。
「お前まで……同じことを言うなよ……」
絞り出すように呟いてカインはガラスの壁に向かって歩きだす。
言ってはいけない言葉だった……?
あたしはただ、彼が消えてしまいそうで怖かっただけなのに……。
「結局人を裁くのは人だ。 ……ゆえに、神に祈ったところで俺には罰も裁きもくれはしないだろう……」
あたしは急いで後を追い、彼の隣に付いた。
「犯した罪が重ければ重いほど人は裁きを……罰を望み、それこそに救いを見る」
大きな手がガラスに触れる。
その指は微かに震えてるように見えた。
「なのに責めてくれないんだ……」
「カイン……!」
「『悪いのはお前じゃない』なんて笑うんだ。 王子でさえ罵ることも、もうしない……」
無表情なまま変わらない。
「許されながら不平を言うなど贅沢か」
声色さえ、まるで感情を無くしたみたい……そう、思って聞いていたのに。
「……だが許された罪の償い方など……俺は知らん……」
その瞬間、吃驚するほどカインの声が揺れた。
掠れたような、その声。
「カ……!」
あたしが思わず声を上げるとカインは髪をかき上げるような仕草で顔を隠す。
「どうしたらいいだろうな……」
そしてまた、口元だけの……微笑。
「それだけ…責めれば十分だよ……」
「…………」
涙、出そう。
眼が熱くて痛い……。
「お願い、カイン……」
「…………」
……あたしは彼に何を願うの?
……『自分を責めないで』?
……『泣かないで』?
あたしは……!!
「裁きの雷に救いはないの……っ……」
堪えきれなくて、涙が零れた。
「生きて、カイン……」
自分でも気がつかないうちに……あたしは吸い込まれるようにしてカインに抱きついてて。
「……り……」
驚いたような小さな声。抱き締め返されたりはしない。
だけど突き放されもしなかった。
「セシルとローザのために生きて……一緒に生き続けることで償って、カイン……」
「リディア……」
溜め息と同時にあたしを呼ぶその声はいまだに震えて、そして低い。
「ではお前には……?」
「あたし……?」
「あぁ……。 お前には……どんな償いをしたらいい……」
あたしは……あたしの望むことを……。
「……笑って……?」
「え……」
「でも、無理はしないで……」
「楽しいなら笑って、辛いなら、泣いて……? お願いカイン……あたしのために、自分に素直に生きて……!」
こんなにも、悲しい涙は見たくないの……。
……こんなにも、苦しむカインの姿は見たくない……。
「不思議だな……お前の言葉は優しいけれど、痛くない……」
温かな手があたしの髪に触れる。
「リディア…お前の望むままに、生きよう……」
どうか、どうか約束してね。
未来のあなたが……どうか、幸せであるように。
おしまい
(08'09/19)