【プレゼント】

「ひどいよカイン、もう……っ大嫌い!」
「り……!?」

叫ぶなり、彼女は背を向け駆け出した。
多くの人が行き交い賑わう街中。
少女に『嫌い』と一蹴され、その場に呆然と立ち尽くす青年に周囲の視線は弥が上にも集中する。

「……わ……っけわかんねぇ!」

苛立ちと困惑。
それらを抑えられず、彼にしては珍しく街路樹の1本に当たり散らす。

彼女を憤慨させた理由、どう考えても思い当たらなかった。



恐らく宿に戻っているのだろうけれど。
……会ったところで声のかけ方も解らないし、何より怒らせた理由がわからない。

それでもカインは宿に引き返すしかなかった。

すごく、イヤだけれど。
できれば、戻りたくはないけれど。

……絶対彼女に絞られる。

怒らせてしまった少女ではない。
愛らしくも恐ろしい、幼馴染の……彼女。


「おかえりなさい。 ……意外に早いお帰りね」

出迎える笑顔と言葉に、無数の鋭い棘。

悲しいほどに予想通りの展開。
カインは必死に溜め息を飲み込んだ。

「で、なにごと?」

テーブルに向かい合って座り、一言。
しかし、答えられるはずがなかった。

「…………」
「…………黙ってちゃ解んないでしょ!」

……問われて5秒も経ってないじゃないか……。

理不尽な尋問に、カインはますます臍を曲げてしまう。

「解らない。 ……から、答えられない」
「解らないって……」

そんな言い分が通るわけない、と言いかけたローザは、彼の表情を見るなりその口を閉ざした。

子供が拗ねたような、顔。
それこそ親に叱られているような、納得がいかないとふてくされた表情。

「なんて言ってたんだ、……リディア」
「……自分が選んだバレッタ、似合わないって言われたって。 ……泣いてた」

最後の一言に、カインは思わず舌打ち。
ローザがそれを咎めることはない。
彼の胸の内を察したからだ。

「……言ったの?」
「似合わないとは言ってない。 ただ……」
「ただ?」
「『お前には大人っぽすぎる』って」

……同じようなものじゃない……。

ローザは溜め息をつき、呆れたようにカインを見た。
「それでちっちゃい子が付けるようなま〜るい飾りの付いたヘアゴム見つけて『お前にはコレだな』って言ったんですって?」
「……だって似合うと思ったから」

……どこまでも不器用。
おかしいやら呆れるやらで、ローザはなんとも複雑な表情をしてみせる。
彼としてはリディアに一番似合うものをと選んであげたつもりなのだろうけれど、…カインに近付きたいと…つり合うようになりたいと望む背伸びがちな彼女にはショックだったのだ。

「子供扱いされたって」
「……そんなつもりじゃなかった」
「カインにとっては自分は子供なんだって」
「……そんなこと思ってない」
「7つの小さい子供のままなんだって。」
「……思ってない……」
「女の子として見てもらえてないって。」
「…………」

ふいと眼を逸らしたカインにローザは思わず微笑を零す。

「モテる男は辛いわね」
「……からかうな」

照れているのを不機嫌そうに振舞うことで誤魔化そうとしている。
こうまで分かりやすい彼を見るのは稀で、ローザは殊更笑みを深くした。

「どうしよう、って言ってたわ」
「……なにを」
「あなたを怒らせたかもって。 大嫌い、なんて言っちゃったから……自分のほうが嫌われちゃったかもって」
「…………」
「……嫌いになった?」
「…………なってない」

素直でよろしい、と彼女が微笑う。

「かわいいわよね」
「…………」
「今部屋に篭っちゃってるけど……」
「……そうか」

溜め息とともに呟いてカインは席を立った。

「行く?」
「……先に買い物を済ませてからな」
「……いってらっしゃいv」

ぱたんと静かに戸が閉まる。
そのドアに向かってローザはそっと手を振った。

 * * *

明かりもなくカーテンも閉め切り、せっかくの太陽を遮った暗い部屋でリディアはベッドに突っ伏していた。
……しかしそうしているのももう飽きた頃。
何時間も悩みぬいたけれど、それは自分1人で解決することはなかった。

「きらい、なんて……ヤな言葉……」

……おこってるよね……。
…………嫌いに、なったよね……?

そう思うと流しきったはずの涙が再びじわりと滲んでくる。

『お前には大人っぽ過ぎる』

悪気はないのだろうが、やはり悲しかった。
少しでも女性らしくなってカインの隣りに堂々と立っていたかった。
それなのに、こっちが似合うと差し出された幼児向けのヘアゴムはあまりにショックで。

当時は僅かな出会いであったが、幼かった自分を知っている彼にとっては自分は子供のままなのだと思い知らされて

悲しくて
悔しくて
切なくて

堪えきれずにその思いをカインにぶつけてしまった。

『大嫌い』と最悪の一言で。


「ぅ……っふぇぇ……っ……」

再び枕にその顔を埋め、深い後悔に涙を溢れさせる。
悔いても悔いても、吐き出した言葉は返らない。
ひどいことを言ったと、彼に嫌われてしまったと、その思いばかりが何度も巡る。

「かいん〜〜……っ……」

嗚咽交じりにその名を呼んだ。
ここにいるはずのない彼の名前。

ここに、いるはずのない。

「ん…………」
「!!?」

ドアの向こう。
呼んだ彼の声が聞こえた。
リディアは思わず飛び起き、ドアを凝視する。

「……カイン……?」
「……うん……」

申し訳なさそうな、低い声。

「あの……」

何か言葉を続けようとカインが口を開いた。
のと同時に、ドアが微かに開けられて、赤い眼をした彼女が隙間から顔を覗かせる。

「……っ……」

その顔をみたら、言葉がつまってしまって。
しかしみるみるうちに、彼女の瞳に涙が零れそうに溜まっていくから。

「リディア……!?」
「っ……ごめ……なさい……」
「ぇ?」
「ごめんなさぁあいぃ〜〜……っ!!」

それこそ幼い子どものように彼女は泣き出してしまった。
ドアの前に立ち尽くし、零れる涙を腕で拭う。
泣き声も、殺すことなく。
面食らったのはカインの方。
予想もしなかった彼女からの謝罪の言葉にまさかの号泣。

……泣き顔は見たくなかったけれど、それさえも、たまらなくかわいくて。

「っ……!」

ほとんど無意識だった。
泣きじゃくる彼女の肩を引き寄せ、その腕の中に抱き締める。

「俺こそゴメン……」
「ちがうの、ちがうの……っあたしが……」
「いいや、俺が……悪かった」
「カイン……」

大きな手が、優しく彼女の髪を撫でて。

「もう……泣かないでくれ……」

涙に濡れた顔をその手で包むように拭われて、見上げた先には困ったように……けれど微笑んでいるカイン。
彼女が再び笑顔を見せるのにそう時間はかからなかった。


「あの店……」
「……うん?」

なんだか言いづらそうにカインが口を開く。
リディアは彼が淹れてくれた紅茶を僅かに啜り少し鼻声で返事をした。

「行ってきたんだ、さっき」
「? ……うん……」
「お前が選んだバレッタ、もう一度見てきたんだけど……」
「うん」
「やっぱり……お前には……。 悪い、もっと……違うものの方が似合うような気がして」
「そっか……」

諦めにも似た思い。
きっともうしょうがないのだろうと、眼を瞑るしかなかった。
だって彼は幼い自分を知っている。
それ以上は望めないのだろうと。

「俺……」
「うん?」
「こっちの方がお前らしいと思う」
「!」

首筋を擽るような感触。
彼の顔がいきなり近付いて、リディアは思わず眼を見開いた。

「髪飾り……じゃ、ないけど」
「あ……」

しゃらんと上品な鎖の音。
胸元で揺れるそれは星をかたどった白金と、美しくカットされた小さな翠玉。
決して豪奢なものではないけれど上質なそれは、カインの見立て通りとても彼女に似合っていた。

「どうだ……? 好きじゃないか、こういうのは」
「そんなこと、ない……すごくかわいい……!!」
「……よかった」

安堵したように彼が微笑う。

「見た目だけが派手な物よりも……お前らしいのが……一番いい、と、思って……」
「カイン……」
「……よく……似合ってる」
「あ……あ、ありがとう……! すごく……嬉しい……! 宝物にする!」

蕩けるような満面の笑み。
何も言わず、カインは微笑い返した。


……あたし、きっと大事にするよ……

初めてのプレゼントも
カインが教えてくれた大切なことも


彼への、この想いも。


おしまい
(06'02/25)
3333hitあや様からのリクエスト作品でした。
 
[戻]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -