【君という名の】

「わ、すごいお庭!」

俺の隣りでリディアが感嘆の声をあげる。
立ち寄った町の街道沿いに大きな屋敷があった。
その広い庭を埋め尽くす、バラの花。
柔らかい香りが風にのってあたりを包む。
水遣りを終えたばかりらしいその葉や花弁に水滴がついていて陽の光を受け、煌めいていた。

「いっぱい咲いてる〜〜! ね、カイン」
「あぁ、綺麗だな」

そう返事をすると、後ろから下品に噴き出した音が聴こえた。
なにかと振り返れば、王子様が笑い堪えたように身を捩っている。

「……なんだ」
「だ、だって…、お前の口から『綺麗だな』ってどんなギャグよりギャグだろ!」

……失礼なヤツだ。

「アンタには敵わないけどな。 今度空でも見ながら『綺麗だな』って言ってみろ、きっと最高に笑いが取れるぞ」
「なにいってやがる! オレほどロマンチックなセリフの似合う男はいねぇぞ!?」
「それはおもしろいギャグだな」
「ギャグじゃねぇし!」

俺たちのやり取りに他のメンバーがクスクス笑い出していた。
メンバーだけじゃない。
気が付けば周囲にいる一般市民まで通りすがりに笑みを浮かべていた。

「お前のせいだぞ!」
「……なんで俺なんだ」

一頻り笑って、セシルが改めてバラの咲き乱れる庭に眼を向けた。

「でもホントすごいなぁ……見事なバラ園だね」
「なんて名前だっけ、1度本で見たことがあると思ったんだけど、このバラ……」

ローザが顎に指を当て、視線を上に向けてその名を思い出そうと首をかしげる。

「赤と……薄いピンクがあるんだね! あ、向こうにはオレンジも咲いてるよ!」

どれもきれいだね、とリディアが笑った。
そうだな、と返す。
たしかにどれも綺麗だけど……

「この花の中なら俺はピンクが好きだな」
「へぇ、何で〜〜?」

特に理由なんてないのだけど…強いるなら

「……儚げだから、かな」
「儚い……って消えちゃいそうって意味でしょ?」
「……まぁそうなんだが……」

赤も凛としていていいと思う。
オレンジも悪くないけれど…
だけどピンクは儚く見えて
守りたいとか
大事にしたいとか。
そんな気持ちにさせる。

そう言うと、彼女は一段と優しげな微笑を浮かべた。

「そっかぁ〜〜」微かに、頬を染めて。

「あの〜〜すみません、カインさん」
「ん?」

ローザが顔を赤らめて小さく挙手している。

「ピンクのバラのお名前を思い出したのですけれど、発表させていただいてよろしいでしょうか……」

……何故聞くんだ。
しかもそんなおかしな敬語で。

「……もちろんどうぞ」
「……では、申し上げます」


…………ラブリーリディア。


……名前を聞いた瞬間。
俺は久方ぶりに顔が熱くなる感覚を覚えた。


おしまい。
(05'10/04)
 
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