【Wish to a star】

「ああっ、流れ星!! 見た!? ねぇカイン見た??」

天駆ける飛空廷の甲板。
風に吹かれ夜空を見上げていたリディアが歓声をあげた。

「見えなかった……」

カインが低く、つまらなそうに答える。
う〜ん残念!と彼女は笑った。

「こんなに大量の星があるのによく見付けられるな、お前」
「えっへっへ〜〜、視野が広いってコトかなぁ?」
「キョロキョロしてるってコトじゃないのか?」

ふ、とからかったように笑う。
それを見たリディアは失礼しちゃう、と頬を膨らませた。

「なぁ知ってっか?」

2人の様子を見ていたエッジが話に混ざってきた。

「ん? なぁに?」
「流れ星ってよ、星がクソしてんじゃねぇかって言われてんだぜ」

なにやら得意気な顔で胸を張るが、それを聞いたカインは呆れ顔。
そしてリディアは嫌悪感丸出しの渋い表情でエッジに冷たい視線を送っている。

「知らなかったろ? ン? へへッ」

本人はそれに気付いていない様子でけらけら笑っている。
どうも雑学として披露したつもりだったようだが、天体観測を楽しんでいた2人にはこの上なく迷惑な一言だった。

「エッジ……最低……」

リディアは深々と溜め息をつき、恨めしげに睨みつけた。
それに同意するようにカインがこくこくと頷く。

「何でだよッ、素晴らしいこの知識をせっかく分けてやったってのに!」
「そんなもの知識などとは言わん」

溜め息を吐きつつ顔を背け、今聞いたことを忘れようとしているかのように夜空を見つめた。

「じゃ、じゃあよ、こんなんはどうだ!?」

すっかりイヤな雰囲気になってしまった空気を取り戻そうと慌てて話し始めた。

「7月7日! 笹に願い事書いた短冊吊すとその願い、叶うんだぜ!」
「へぇ!!」

まじないやジンクスなどが好きなリディアはすかさず食いつく。
カインが僅かに眉を顰めると、それを見たエッジがにやりと笑った。
リディアを間に挟んで激しく火花が散らされているのだが、渦中にいる本人は全く気付いていないようだ。

「ねぇ、なんで願いが叶うの?」

リディアが話の続きを求めてエッジを見上げた。

「あ? あぁそりゃお前七夕だからに決ってんじゃん」
 
ふふんとエッジが胸を張る。

「なぁに? タナボタ?」
「はぁ? 七夕だよ、タナバタ!」
 「なに? それ」
「……お前七夕の話、知んねぇの?」

こくん、とリディアが大きく頷いた。

「カイン……お前は知ってるよな??」
「……知らん。 あんたの国だけでの風習ではないのか?」

信じられないと言いたげな目で2人を見つめる。

「ね、タナボタだと何で願いが叶うの?」
「だからタナバタだって……。 その〜〜、夜空にいる織姫さんと彦星さんがよ……」
「誰? それ……」

エッジも実はあまり知らなかったのだ。
笹に飾りや願いを書いた短冊を吊したりというのは行事として行なってきたが、なぜそうするようになったのかなど気に留めたこともなかった。
それに笹飾りは自国独自の風習であったとしても七夕伝説は万国共通のものだと彼は思い込んでいたのだ。

「だ、誰って……ほ……星の姫と王子だろ〜〜がよ!」
「うん、それがどうなったの?」
「どうって……」

ここまで突っ込まれて訊かれるとは思ってもみなかったらしいエッジはすっかり戸惑ってしまっている。
すると、黙りこくっていたカインが何かを思い出したように顔をあげた。

「……7月7日と言ったな」
「お、おう」
「タナボタとは7月7日のことか?」
「だから……。 ……ま、そんな感じだ。 7月7日の星にまつわる伝説みたいなもんなんだけどよ……」
「それ、知っているかもしれない」
「ホント!?」

リディアがぱぁっと目を輝かせる。

「あぁ恐らく……ヴェガとアルタイルのことだと思うが……」
「帯締めと引っ越しじゃないの?」
「織姫と彦星のことか……」

可愛く首を傾げるリディアの横でボソリとエッジが突っ込みをいれた。

「たぶん帯締めがヴェガで引っ越しがアルタイルのことを指しているんだと思う」
 
顎に手を当て真剣に考え込むカインにエッジは突っ込む気もすっかり失せてしまったらしい。
はあぁ、と深く溜め息をついた。

「ねね、どんな話なの??」

ねだるようにリディアがカインの腕を掴んだ。
この辺りに付き合いの長さや想いの違いを感じる。
リディアがこうしてにエッジに触れることは今のところまだない。
先程とは逆に、カインがニヤリと笑って視線を向けるとエッジは苦々しい顔で舌打ちした。

「天の川の西岸、ヴェガという機織りの娘とその対岸に住んでいたアルタイルという牛飼いの青年が出会い、愛し合うようになった」
「うんうん」
「しかし2人は逢瀬にうつつを抜かすようになり、仕事をしなくなってしまったのだ」
「う〜〜ん、それはいけないね〜〜!」

リディアの大きな眼がじいっと見つめる。
話の節ごとにいちいち大きく反応する彼女にカインは目を細めた。

「……で、その事に腹を立てたヴェガの父親が天の川を隔てて2人を引き離してしまった」
「あちゃ〜〜!」
「しかし父親の思惑に反してヴェガは仕事をするどころか別れた恋人を思い、日々泣き暮すようになってしまった」
「寂しいんだね……」

言葉と同時に彼女自身も寂しそうな顔をしてみせる。
カインは思わず息を呑むが、すぐに話を戻した。

「……そう、だな。 ……それで、その姿に心を痛めた父親は年に1度だけアルタイルと会うことを許した」
「うんうん!」
「その逢瀬の日が7月7日だと言われている」
「へぇぇ〜〜!」

リディアが感嘆の声をあげた。
その頬は真っ赤に染まり初めて耳にする物語に余程興奮しているらしい。
胸の前で祈るような形で手を組み、うっとりと夜空を見上げた。
カインはその横顔を見つめ、優し気に微笑う。

「ねぇエッジこんな感じの……ありゃ?」
リディアがくるりと振り返るが、そこに彼の姿はない。
2人が話をしている間に蚊帳の外に弾かれてしまったエッジは、すっかりヘソを曲げてしまい1人でさっさと船内に戻っていったのだ。

「もう……」

 あきれたようにリディアが溜め息をつく。

「でもカインすごく物知り!」
「たまたま本で読んだことがあっただけさ。 どこか間違ってるかも知れないしな」
「ううん、すごいよ……。 いいお話教えてもらっちゃった!」

とろけそうなほどの満面の笑み。
カインは小さく笑みを浮かべ、手摺に腕を乗せて遠く流れる山に視線を移す。

「そういえばお前……天の川、見たことあるか?」

う〜ん、と首をかしげ、悩む仕草を見せる。

「わかんない……。覚えてないだけかもしれないんだけど見た記憶はない……かな」
困ったように笑うその顔。
カインはハッとしてリディアを見つめた。

「あ……、悪い……」
「んん? なんで謝るの?」
「いや…………」
「……カインは?」
「ん?」

こつ、と小さな足音がひとつ。
カインとの距離を一歩縮め、少し照れくさそうな表情で微笑う。

「カインは見たことあるの? ……天の川」
「……俺も覚えてないだけかもしれないが……見た記憶は、ない」

そっかぁ、とがっかりした様子でカインと同じく手摺に腕を乗せ、凭れた。

「雨が……多いんだ」
「雨?」
「7月7日は雨の日が多くて……、天の川、なかなか見られないんだよ」
「そうなんだ…、じゃあ1年に1度なんて言ってもホントは会えないんだね……」
「……会えるさ」

いつもと少し違う優しい声にリディアがカインを見上げる。
その頬を僅かに紅潮させて。

「雨雲の上には晴れた空が広がっているんだし、何も世界中で雨というわけでもないだろう」

ふいっと視線を逸らして、腰を屈めて手摺に置いている腕に顔を埋める。
その顔は彼にしては珍しく、なにやら照れているようにも見えた。
が、何かを思いついたように顔を上げ体ごとリディアに向き直る。

「リディア」

おいでおいでと小さく手招き。不思議そうに首をかしげながらも彼女は素直にとことこと歩み寄った。

「なぁに……っひゃぁっ!」

リディアが小さく驚声をあげる。
その細い体はカインにしっかりと抱きすくめられていた。
小柄な彼女はその腕にすっぽり収まり殊更小さく見える。

「な、な、な……!??」

突然の抱擁にリディアは戸惑うばかり。
その顔は真っ赤に染まり、瞳は驚きに大きく見開かれていた。

「1年に1度。 こんな風に恋人と会えるのに、だ」
「ん、んん??」
「ほら、向こう」

見てみろ、とカインが顎で指し示す方に何事かとリディアが顔を向ける。
と、慌てたようにカーテンに身を隠す2人の男女の姿がその眼に映った。

「やっ……、セシルとローザじゃない……! い、いつから……!?」
「王子様が船内に戻って行ったころからかな……」

慌てふためく彼女を抱きしめたまま飄々と……いや、むしろその声は楽しそうにすら聞こえる。

「は、恥ずかしいよ、離して……?」
「恥ずかしいだろ、見られていたら」
「えぇ?」

腕を僅かに緩め、腰を屈めてリディアの眼の高さに視線を合わせた。
眼が合った瞬間再び彼女の頬が赤みを帯びる。
それを見たカインは思わず苦笑を浮かべた。

「カーテン、閉めてるんだよ、雨雲の。 俺たちが地上から覗き見できないように」
「そ、そっかぁ〜! ちゃんとラブラブなんだね〜〜!」

恥ずかしさはどこへ行ったのか、口元で手を合わせ、嬉しそうな笑顔を見せた。
彼女につられてカインも微笑う。
それはリディアが今までに見たことのないほど柔らかい笑み。
顔が熱を帯びた感覚に、慌てて両手で頬を覆った。

「2人が……見てるよ……」
「あぁ」
「…………」

ついさっきどこかへ吹き飛んでいったはずの恥ずかしさが再びリディアを襲う。
けれど、離れてしまうのもイヤで。
彼女は俯いたまま、自分からカインに寄り添い、服の裾を掴んだ。
そんなリディアにカインは微笑し、腰にそっと、手を回す。
彼の視界の端に出歯亀2人がなにやら騒いでいるのが映った。

「ね……」
「ん?」
「カインは……カインだったら、会いに行く?」
「川を渡って1年に1度?」

俯いたままその表情ははっきり見えないが、少し恥ずかしそうにこくん、と小さく頷く。

「イヤだな……」
「!!」

予想していなかった、カインの言葉。
大きく見開かれたリディアの眼に思わず涙が滲む。
きっと会いに行くと言ってくれるものだと信じていたから。

「1年に1度だけなんて」
次に発せられた言葉に、リディアは弾かれたように顔を上げる。
今にも零れ落ちそうなほどに涙を溜めた瞳に見つめられてカインは酷く驚いた。
それはセシルでさえもあまり眼にしたことがないほどの慌てぶりで、声をかけようにも言葉が出ない、そんな様子で口をぱくぱくさせている。

「え、えっ……? おい……!? どうした……」
「な、なんでもない! ちょっとびっくりしちゃって……。 そだよね、1年に1度だけなんてイヤだもんね!」
「…………」

えへへ、とリディアがごまかすように笑う。
なんとなく彼女の心情を察したカインは小さく安堵の溜め息をついた。

「俺には竜がいるからな。 川だろうと山だろうといくらでも越えて会いに行くよ」
 
そこまで言ったところでふと考え込む。

「カイン?」
「いや……、攫いに行く。 攫って逃げてしまえばずっと一緒だ」
 
ふふ、と少し子供っぽい笑顔でリディアを見つめる。
彼女は一瞬あっけに取られたような顔をしたが、すぐに笑顔が戻った。

「へへ……カイン、頭良いね……」
「だろ」
「ヴェガ、かわいそうだなぁ〜〜」
「ん?」

満面の笑みを浮かべ、ぎゅっとカインの腰にしがみつく。
その温もりを確かめるように厚い胸に頬を寄せ目を伏せた。
カインはそれに動じることなく彼女を優しく抱き寄せる。

「アルタイルは攫いに来てくれないんでしょ?」
「そうだな」
「あたしだったら、カインが……いいなぁ……」
「……そうか」

照れてしまったのを誤魔化して素っ気ない口調で答えると、
クスっとリディアが腕の中で小さく笑った。

「……なんだよ」
「ん〜ん、なにも」
「…………」
「やっぱり、いつも一緒が良いなぁって」
 
くるん、と大きな瞳でカインを見上げる。

「そう、思っただけだよ……」

 視線が交わり、どちらからともなく自然と笑みが零れた。

(……いつでもすぐ側にあなたがいてくれる……。 凄く、幸せなコトなのね……)

幸せいっぱいの笑顔でリディアはカインを……そして、その肩越しに煌めく夜空を見つめた。
 
  今度の7月7日、願い事をしよう。
  笹と、短冊を用意して……

『カインとずっと、一緒にいられますように』……と。


おしまい
(05'07/18)
 
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