#8 そして、小さな太陽に出会う
森の中で仰向けで動けないまま3日経った。曇り空が覗く木々の間があるが、所々枝が折れていた。どうやら、私はただ時間を越えたばかりではなく、地面に落ちたよう。
昨日の雨で、体が冷え切ってしまった。そろそろ動かないと本当に死んでしまう。
でも、動けない。動かそうとしたが、どうやら右足の骨が折れているし、右肩も罅が入っているか、外れている。
ふと、何度目かの時を越えた時に出会った目の下に隈を作っていた医者を思い出した。きっともう私のことなんてみんなと同じように覚えてもいないだろう。でも、彼は不思議な出会い方をしたからもしかしたら、と思う。そしたら、すごく嬉しい。
「けほ……」
すごく眠くなって、目を瞑る。本当にそろそろ動かないと死んじゃうのに、体が動かせない。吐く息は熱いのに、身体はとても寒いと感じる。
がさがさ……
近くの茂みが動いた。私が流す血の臭いに釣られて獣がやってきてしまったのだろうか。と、すると面倒だ。今の状態じゃ、応戦することは難しい。
「なんだ、人間か」
出てきたのは生き物に違いなかったが、違った。私もこの生き物と同じように「人間か」と思った。
「……」
「ああ、生きてるのか。死んでたら金目の物とって、埋めてやろうと思ったのによ」
猫っ毛の黒髪の、そばかすの顔の、ああ……この子は、きっとこの子は。
『トキ』
子供の顔だったけれど、知っている眼差しとは違ったけれど、あの声が頭の中に木霊して、目の奥が更に熱くなる。
「おい、なんとか言えよ」
「エース、良かった。生きて、る……。ふふふ、エース」
「なっ!?」
なんだか嬉しくなって出た言葉。こんなことを言うべきじゃないってわかっているのに、思わず出てしまった。私の腕の中で死んでしまったエースが生きていることがこんなに嬉しい。
「おい、どうして、俺の名前を……!」
そして、彼の問いに答えることなく私の意識は落ちた。
次に目を開けたときに見えたのは、木製の天井。森の中ではないことは確か。
「……けほっ」
血は出ない咳。もしかしたら私は普通に風邪を引いただけなのかもしれない。
「起きたのか。お前なんで、俺の名前を知ってたんだ?何処かで会ったか?」
横を見ると壁を預けて座っている少年がいた。やはり、エースだった。
私を警戒するように、鉄の棒を抱えてこちらを睨むようにして見ている。
「……まだ、会ってないね。これから会うことになると思う」
「俺がガキだからって甘く見てねえか?」
冗談で誤魔化されねえ、と鉄の棒を握る。
「違うって。うん、何か花とかある?」
「……ちょっと、待ってろ」
ドアを開けると雨が降っている外が見えた。そして、エースの背中が見えなくなってから直ぐに戻ってきた。
手にはどこからか無理矢理引っこ抜いてきただろう、根っこまで着いているいくつかの花の蕾。
ほれ、とこちらに向けてくる。
それを何とか手を動かして受け取ると、時間を加速させた。
閉じている蕾が柔らかく開く。そこで、エースが僅かに目を見開いて驚いた。
そして、花びらが散って、実が付く。その時に3つぐらい実を付けることもなく消え去った悲しき花もあった。
「……はい、スイカ」
「お、おう」
私の手で支えられなくなった大きなスイカ。緑と黒のまるまるとしたスイカが4つ床に転がった。草や根っこは塵となり消え去った。
「私のトキトキの実の能力、時間を操ることが出来る能力。これで、未来から来たの」
スイカを持ち、何とも言えない目でそれを凝視する。悪魔の実のことは知っているだろうか。
「……スイカ」
何度か口を開いて、逡巡してからやっと出た単語。
「え?」
「スイカ食うか?」
本当は他に聞きたいことがあるだろうに、聞いてきたのは何ともおかしな質問。
「うん、食べる」
まだ、きっとここにいるだろうから気にはしなかった。そういえば、エースの命の心配をしなくていいんだ。まだ、ずっと先のこと。そう思うと、力が抜けて、スイカを割ろうとしているエースを見ながら再び目を閉じた。
小さな太陽が、ある意味で安息を与えてくれる
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