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■迷子の違和感

――何だかちょっと変ですね。

そりゃあ、異世界に来たんだから何もかもが『変』で当たり前。
ただ、今『変』だと思うのは、自分自身についてだった。
クローバーの塔への道、小鳥が歌う小道を、私はとぼとぼと歩いていた。
「はあ、何だかずいぶんと怒られてしまいました……」
私の背後には、英国庭園のような美しい庭の大きなお屋敷がある。
あそこは帽子屋屋敷というお名前なのだそうだ。
私は、なぜかクローバーの塔からそんな場所に迷い込んだ。
そしてさっき、うんざりしたお顔の『ブラッド』さんに追い返されたところだ。

『君が我が屋敷に姿を現す数時間帯前、クローバーの塔のトカゲから
秘密裏に連絡があった。何でも"余所者"が現れ、塔の執務室に行こうと
したきり、行方不明だと……』

『騎士と一緒でなければ、お茶会に誘いたいところではあったが。
塔の者が君を探し回っていて、騒々しくて仕方ない。早く帰りなさい』

――とのことだった。
ナイトメアやグレイには、ずいぶんご迷惑をおかけしてしまった。

「でもですね、本当に私は迷子ではないんですよ」
隣を歩くエースにそう主張した。
「あはは!迷子は皆そう言うんだよ、リン」
「いえ、でもですね!建物の中から外に出るなんて、普通は気づきますよ」
「え?俺はそんなこと、しょっちゅうだぜ?」
「えーと……」
エースの冗談は分かりにくい。
ともかく、私は元の世界では方向に関して苦労した記憶はない。
第一、建物から出ても気づかないなんて、元の世界では社会生活に
支障が出るレベルだ。
「元の世界では、そこまでひどい迷子じゃなかったんだ?」
「そもそも、迷子癖はありませんです」
なぜか頭を撫でてくるエースを睨み、腕組みして考える。
「昼寝して、起きたら迷子癖、なんてあるわけないし――」
「え?それだったら、もしかすると夢魔さんが君に――」
「そうだ!クローバーの塔に来る前に、一度、木から落ちました!」
エースが何か言おうとしてたみたいだけど、その前に私は原因に思い当たる。
「え?それって……!」
エースも思い出したのか、私を見る。私はうなずいた。
「そうです。エースさんとお会いしたとき……」
熊さんに追いかけられ、木の上に逃げて。でも空腹で力が抜けて、
木から落ちたんだった。
ひどい方向音痴の人は、脳のどこかに異常があると聞いたことがある。
……でも頭なんて打ったっけか?脳に異常が出るほどのショックだったかな。
首をかしげているとエースが慌てたように、
「ご、ごめん!あのとき木から落ちたせいで、迷子癖になったのか!?
本当にごめん。面白がって見てないで、君を受け止めていれば良かった!」
「いえ、エースさんのせいじゃないですよ……え?」
何か腑に落ちないことを聞いた気がして、問い直そうとすると、エースが
私に向き合い、まっすぐ私の目を見た。
「え?あの、エース……さん……」
異世界の騎士様に見つめられ、ちょっとドギマギしてしまう。
しかし私も見とれたように、その目をまっすぐに――。
――…………。
何だろう。なぜか急に。エースの目をのぞきこんだとき。
……動けなくなった。

「騎士として、この落とし前は必ずつけるぜ」
「い、いえ、そんな!元はと言えば私がドジなせいですから!」
気づかれないよう、普通を装って返した。
あと『落とし前』の使い方が違っているような。
「そうだな。リンはここに来たばかりなんだろう?
俺が色々案内してあげるよ!」
「え……で、でもですね。大丈夫ですよ。その……」
「気にしないでくれよ。さ、冒険の旅に出よう!!」
「…………」
うーん。何だろう。初めて出会ったときは、何て良い人なんだろう、
カッコイイ人なんだろうと思った。
でもどうしてだろう。どことなく違和感が出てきた。
その違和感をどう表現したらいいのかサッパリ分からないけど。
ただ、何となく思う。

――この人の目は、怖い。

…………

塔への道をとぼとぼと歩く。
「はあ……」
「リン!こっちこっち!そっちは道が違うぜ!」
手首をつかまれた。
「あ!すみません!」
エースに言われて、慌てて方向を変える。
そうだそうだ。方向音痴になってたんだった。
確かに塔へ行くと思った方向は、全く別の方向だった。
「危なっかしいなあ。でも大丈夫だ!この騎士がついているからな!」
「はあ。どうも……でもあの、エース。そっちも塔じゃないのでは?」
エースが、私の手首を引いて進もうとする方向。
幻覚が見えてるんじゃ無いのなら、そっちもまた塔に続く道では無い。
というか、多分さっきの帽子屋屋敷に戻る道だ。
「大丈夫大丈夫。さ、行こうぜ!」
「え?でも、あの……」
手を振りほどくのも失礼……というかあまりに強く手首をつかまれていて
ほどけない。私は戸惑いながら、エースについていくしなかなった。

…………

…………

「リンーっ!!」

怒声が響く。
「あ……グレイ……!」
かすれた声で私は呟いた。もう帽子屋屋敷を後にして何時間帯だっただろう。
足が棒のようで、へとへとだった。
一方、私の手首をつかむエースは嬉しそうに、
「トカゲさん!俺と鍛錬しに来てくれたのか?」
と、私のことなんか忘れたみたいに手を放した。
「リン!どれだけ心配したと……!!騎士、おまえの仕業か!!」
「違う違う、リンが方向音痴だから、案内してたんだ。
でもなかなかたどり着けなくてさー」
エースは笑ってグレイと話している。
でもグレイは警戒のまなざしでエースを睨む。

私はというと、痛みが続くので、つかまれていた手首を見た。
赤くなり、アザになりかけていた。

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