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■迷子と迷子2


私はリン。
道に迷っているうちに、どうも異世界まで迷い込んだらしい。
そしてそこでエースという、とても頼もしくて親切な人に出会った。


「さて、どうしたものか……」
気まぐれな時間は、夕から昼に転じてくれた。
椅子代わりにしていた倒木で、私は『考える人』状態で悩む。
焚き火の火も消え、シチュー鍋も空になり、私は困ってしまった。
私はもちろん、元の世界に戻りたい。
そしてこの森には、元の世界に戻れる、魔法みたいな場所があるという。
でも、その場所を確認しにいってくれたエースが、未だに戻らない。
――探しに行った方がいいんじゃ……。
不安が胸を打つ。ただ、クマさんに襲われかけたトラウマもある。
遭難したときのセオリーから言っても、安全な場所にじっとしてるべきだろう。

「…………」

じっと……。

「探しに行こう!」
立ち上がった。エースが心配で心配でじっとしていられない。
彼は私の命の恩人だ。こうしている間にも、困ったことに遭遇し、
私の助けを待っているかもしれない!
「でも、この荷物はどうしたもんですかね」
実は焚き火のそばには、エースが張ってくれたテントが鎮座している。
どこまでも親切な彼は、私が休めるようテントまで用意してくれていたのだ。
――私がここを離れて、エースを連れて戻ってこられるか……。
方向感覚には自信があるけど、何しろ異世界。
どんな不測の事態があるかも分からない。
「よし、一緒に持っていこう!」
私は腕まくりし、大きなテントを畳むべく奮闘を始めた。
エースに会うために!

…………

「……つ、疲れました……」
森の中を進みながら私はため息をつく。
元の世界の時間に換算し、三、四時間は絶対に経っている。
それだけかかってテントをどうにか畳み、エースのリュックにつめ、
重いソレを肩に担ぎ、出発した。
しかしずっしり重い荷物を背負っての道程は楽ではない。
途中見かけた川で、水筒に水を補充したり、シチュー鍋を洗ったり。
しかし洗剤もタワシもないので、鍋にこびりついたシチューを
こそぎ落とすのがまた大変で……ゴホン。
苦労話なんぞ思い出したくないので、省略。とにかく、私はテントやら
ピカピカになったシチュー鍋やらお玉やらを担ぎ、エースを探している。
「エース!エースさーん!!い、いたた……」
道ばたの切り株に腰掛け、ため息。水筒の水を飲み、リュックの中に
入ってたチョコを一切れ拝借。
――異世界にもチョコレートがあるんですね。
首をかしげつつ感動。チョコレートの製造技術があるということは、
この世界の文明水準は、元の世界に近いかも知れない。
元の世界に帰る前に、もう少しエースにこの世界の話を聞きたい。
もし、いつでも帰れるなら、少しの間、一緒に過ごせないだろうか。
エースなら、笑って二つ返事でOKしてくれそうだし……。
――だ、ダメダメ!
真っ赤な顔をぶんぶん振って、自分にカツを入れる。
ここがどんな世界か知らないけど、さすがにご迷惑だ。
――あんな素敵な人だ。きっと恋人がいるはず。もしかすると家庭まで持って……。
自分の想像にざっくり傷つきつつ、現実に戻る。
――エースに会う。お礼を言って元の世界に帰る。それだけ。
私は立ち上がって、また歩き出す。茂みをかきわけ、
「エースさーん!エースーっ!!……あ」
私の声がピタリと止まる。
ふいに森が開けていた。
私が立っているのは少し小高い丘で、眼下に……大きな国が見えた。

「はあ……すごい、ですね」
街を眺め、私はキョロキョロする。
――ほ、本当に異世界、なんですね……。
西洋みたいだけど、どこの国でもない町並みと建物。変わった植物。
どこの国の言語でもない看板の文字。
何より道行く人たちの中に、獣耳や尻尾がついている人がいる!
それも本物らしくて、ピクピクと動いてて、ちょっと可愛い。
私は衝撃に打ちのめされフラフラとそこらへんを歩き、
――か、肩が痛い……。
大きなテント一張を肩に背負ってるんだもの。
――早く森に戻らないといけないけど、その前にどこかで休憩を……。
さすがに道ばたに座るわけには行かない。
ベンチでもないだろうかと、辺りをもう一度見回したとき、

「困ります!お願いですから――」

――ん?
声が聞こえ、立ち止まる。しかし周囲の人は声が聞こえなかったみたいに
私の横を素通りしていく。はて空耳であったかと歩き出そうとすると、
「夢魔様!せめて奥で……ああ!こんなとこで……!!」
――???
また声が聞こえ、声の方向を見た。
そこは、どうやらどこかのカフェ(!)、そのテラス席らしい。
テラス席には、困り切った顔の店員さんと……。

――何、あれ……。

カフェの小洒落たテーブルに、顔を突っ伏し、何やら口から真っ赤な
液体を吐き散らす、銀髪の変な人がいた。
――て……た、大変じゃないですか!
私は慌ててそっちの方へ駆け寄る。ダダダッとテラス席へ割り込み、
「もし!大丈夫ですか!?」
銀髪の人に声をかけた。
「だ、大丈夫、だ……」
銀髪の人は生気のない顔で、うめくように答える。
でも額を見ると汗びっしょりで、身体もブルブル震えている。
「しっかりして下さい!え、ええと、何か……」
私は慌ててエースのリュックを下ろし、何か無いかと中を漁る。
毛布を見つけたので慌ててかけてやり、タオルで額の汗や口元の赤いのをぬぐう。
「あ、ありがとう、本当に……」
「大丈夫です。安心して。今、救急車が来ますから!」
そして救急車がいつ来るかと店員さんに聞こうとしたとき、
「ああ、お連れ様ですか。本当に良かった。
では、あとはよろしくお願いします」
「……へ?」
「お代は結構です。テーブルや床の清掃代を計算してから、後ほど塔に
請求させていただきますので」
「はあ?」
店員さんはホッとした顔で背を向けてスタスタ歩いて行く。
急病の客へのフォローは、一切見受けられない。
周囲の人も同様。嫌そうな顔で、会計へと席を立っていく。
『夢魔が……』『本当に迷惑な夢魔……』という声が聞こえた気がした。
テラスと店をつなぐ扉を閉めようとした店員さんに、慌てて、
「あ、あの!ちょっと!すみません!救急車は!?」
「キュウキュウシャ?何ですか、それ。とにかく、後はよろしく」
と、今度こそ引っ込む。バタンと目の前で閉まる扉。
「『キュウキュウシャ?何ですか』って……あ。異世界でしたね」
カフェまであったから、いつの間にか元の世界の感覚で考えていたけど、ここは
異世界だった。動物耳の人もいるし、そういえば車が通る様子もない。
「なら、どうしましょう……」
毛布をかけられ、蓑虫のように丸まった男性を前に困り果てる。
さすがに知らない人の面倒までは見られない。
「あの、すみません。大丈夫ですか?私はリンという通りすがりの者です」
「あ、ああ……リン。本当に、感謝する。余所者の君に、迷惑、を……」
銀髪の人は、少し潤んだ目で私を見、震えつつ微笑んだ。
「ん?あなたは私を『余所者』とご存じなんですね。
でもお辛いなら、無理にしゃべらないでいいですよ。あなたの体調が優先です」
「う。うう、余所者にここまで心配されるなんて……」
銀髪の人はうつむいて、ちょっと泣き出す。
きっと身体が本当に辛いんだろう。
でも困ったなあ。かといって見捨てることも出来ない。
こうなったら家まで送るしかないんだろうか。
「い、いや、リン。君にそこまでの面倒は……」
なぜか心を読んだように言われる。
でもまあ、放っておくワケにはいかない。
「大丈夫です。何とかして送りますから、あなたのお住まいを……」


「ナイトメア様ー!!」


声がした。
振り向くと、長身の男性が、部下らしい人たちを引き連れ、走ってくるところだった。

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