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■トカゲVS騎士

 時間帯は夕暮れだった。
 グレイはクローバーの塔の前で待っていた。
 案の定、とても険しい顔をしていた。
「あれだけ動かないでくれと言っただろう」
「すみません……」
 うつむいて、謝る。
 元はと言えば、彼が部下さんと立ち話している、ほんの数分の間に私は
迷子になったのだ。
 子供か。マジで子供か。
「俺がどれだけ心配したと思っているんだ。
 情報を集めてみれば、また騎士に連れ回されているというし、全く君という子は――」
 ガミガミガミと擬音をつけたいくらいである。
「ま、まあ、そのくらいにしてやれよ。こいつも反省してるみたいだし……」
「勝手に商売道具を掃除された店側も困っていたしな」
 うう。連れてきてくれたブラッドさんとエリオットさんが優しい。
 いや、露店の掃除はつい……。

 前回お花畑で刺客に襲われた後。
 私とエースはさらに迷った末、ついに人里に出た。
 ああ、何で刺客に襲われたのか色々聞いた。
 けど、恐ろしいことに、エースにはよくあるコトのようだった。
 誰が刺客を送ってきたのか、調べる気も起きないらしい。異世界こえー。
 話を戻します。
 で、出た場所が市場だったのが悪かった。
 最初は手をつないでいた私たちも、互いに己の興味ある露店に引き寄せられて。
 気がつくと離ればなれになっていた。
 困り果て、ついつい掃除をしていたところ、通りがかった帽子屋さんに
回収された次第である。
『だから、何で掃除なんだよ……』
 エリオットさんに子猫のごとく、襟首をつままれて。

「リンー! 掃除もたいがいにしろよー! 白ウサギみたくなっちまうぜー!」
 夕日の中、手を振りながらエリオットさんは去っていく。
 ブラッドさんもちょっと肩をすくめ『また我が屋敷に清掃……もとい、
お茶会に来るといい』と言って帰って行く。
 いや正規の清掃依頼なら、ちゃんと料金をいただきたいのですが。
「さあ、俺たちも帰るぞ、リン。君には話したいことが山ほどある」
「…………」
 お説教を予期した児童のごとく、ガクガクと足下から震えてきた。

 …………

 …………

 ガミガミガミ。ガミガミガミガミガミガミガミ。
 今のシーンがマンガなら、こんな擬音が画面にあふれているであろう。
 ベッドに正座する私の前で、グレイは仁王立ちである。
「君は余所者で、ただでさえ厄介な性質が加わっているんだ。危険回避の
ためには自分でも努力を……」
「騎士に対しても、嫌なことは断固として拒否する姿勢を……」
「危険な相手だと思うなら、自分から救出を求めるだけの勇気が君には……」
「はい……」
 私は一貫してほぼ涙目である。
「分かったか?」
「はい」
「声が小さい!」
「はひぃ!」
 まあ、グレイが怒るのはそれだけ親身になって心配してくれているから、
という証し(あかし)でもある。
 グレイも大きくため息をつき、
「だが俺も、君から目を離してしまった過失がある。
 とにかく無事でいてくれて本当に良かった……」
 刺客あり、遭難あり、××あり。
 あの野外プレイ紀行を無事と言えるのかは微妙なとこだけど。
「リン」
 グレイは額にキスしてくれた。
 どうやら終わりの合図みたいでホッとする。
「では、そろそろ寝ようか」
 そう言ってくれてホッとした。
「それでは、俺はシャワーを浴びてくるから」
「はいです」
 私はもう浴びているので、手を振って見送る。
 そして解放感でベッドに横になりながら考えた。

 ――エース……。

 忘れようとしても、目を閉じると顔が浮かんでくる。
 しゃべる扉を、私に開けさせようとした。
 相変わらず好き勝手された。
 でも……花畑では私を守ろうとしてくれた。
 悔しいけど、その事実に胸が弾む私がいる。 
 それでも、彼は扉を見つめていた。
 あの向こうには誰がいるのだろうか。
「リン」
「わっ!!」
 いつの間にかグレイがバスルームから出ていた。
 驚いたことに、彼は上半身に何も着ていない。
 エースに劣らず均整な身体だ。
「…………」
 どうしてだか不安に襲われる。
「何を考えていたんだ?」
 グレイが横に座る。素肌に手が触れそうになり、少し身体を離す。
 子供扱いされてるにしろ、距離が近すぎる。
 けれどまた距離を詰められた。
 これ以上、身を離すと避けているのが相手に伝わってしまう。
 やむなくほぼ密着状態で、慣れない体温に耐えた。
「その、グレイ……」
 そういえば、いつか聞いたことを思い出す。
「何か変か?」
「……ええと……」

 余所者は好かれる。
 いつか誰かがそう言っていた。
 理由は分からない。この世界の根幹に関わる特性らしいから、抗しようがない。
 その引力は半端なく、会えば会うほど、一緒にいればいるほど、その力は
強くなり、相手を引き寄せてしまうという。
 薄々思っていたけど、グレイの態度は単なる過保護の域を超えている。
 自意識過剰なのかもしれないけど、もしそうなら応えられない。エースとは別問題だ。
「あの、グレイ。私……私は……」
「騎士だけは止めてくれ」
「え……」
「あの男は君を傷つける。まして時計屋のいない今は、手負いの獣の
ようなものだ。近づいてはいけない。俺が……君を守るから」

 ――『時計屋』?

「あ、あの、グレイ、時計屋って……」
「ああ、奴の上司でやたら長い髪の――いや、どうでもいい」
「!!」
 さらに聞き返す前にベッドに押し倒された。
 そして私は目を見開く。
 グレイにキスをされたからだった。

「まっ……て、グレ、イ……」
 必死で首を振り、拒否の意志を示す。
 それでも彼は私の身体を押さえ込み、抵抗を封じた。
「何もしないって、言ったじゃ、ないですか!」
 彼への尊敬の気持ちが音を立てて崩れていく。
 とんだ爬虫類さんだ。
「すまない、自分を抑える自信はあったんだが……」
 彼も眉根を寄せ、苦しそうだった。
 いや、自信って、いったいどの口が言うか。
 かなり最初の方から怪しくなかったですか?

「君が好きだ」

 抱きしめられ、もう一度キスをされる。
 胸がギュッと苦しくなるけど、半分は罪悪感だ。
 親切にされても応えられない。
「ダメ、ダメです。ごめんなさい……」
「リン。君はあんな騎士がいいのか?」
「いえ、それとこれとは……っ!」
 ベッドに押し倒され、背筋をヒヤリとしたものが撫でる。
「あの男は本当に危険なんだ。君は傷つけられる。
 俺はそれを……黙って見てはいられない……!」
 足の間に膝を入れられ、女の本能が危険を訴える。
 グレイ。尊敬する人だけど。大好きだけど。
 でも――。
「ダメですっ!!」
 自分の中にこんな力があったなんて意外だった。
 私は渾身の力でグレイを押しのけ、乱れかけた服を整え、走り出した。
「リン……!」
 加害側だというのに、グレイは傷ついた顔だった。
 だけどそんな顔をさせた自分自身にも嫌になる。
「グレイ。同情で私なんかを好きだと言ってはダメです!」
「……――っ!」
 グレイが目を見開いた。気がした。
 でも確認する暇もなく、私は部屋から飛び出していた。

「あれ? リンさん、夜更けにどうしたんです?」「まさかお一人で?」
「リンさん! 歩いちゃダメです! また迷子になりますよ!!」
 何人もの職員さんに引き留められるが、私は走った。
 もちろん追いかけられたけど、迷子癖が上手く作用したのか、全員をまいてしまった。

「はあ……はあ……」
 やがてついに体力の限界が来て、私は立ち止まる。
『開けて……』
『おいで……』
 またである。結局、たどりついたのは扉だらけの階段だ。
 リフォームされたかどうか不明なほど、相変わらず次元がおかしい空間だ。
『さあ、扉を開けて……』
「ええ開けますよ」
 もう迷わず、私は扉のノブを握る。
 元の世界で私を待って人がいるわけでもない。
 けどグレイの気持ちは苦しいし、エースが好きか分からない。
 エースが見ていた扉の向こうには、きっと長い髪の美しい女性がいるのだろう。
 この国にはいないらしい。ということは生きてないのだろうか。
 エースは彼女の存在を私に話してくれない。
 そう思うと胃がねじ切れそうだ。
 今となっては、この世界の何もかもが嫌。
 私を揺らし、心の奥底に食い込み、私の弱さと醜さを引きずり出す全て。
 いくら掃除したって、きれいになるわけがない。
 いくら迷ったってたどり着くわけがない。
 一番汚れていて、何一つ決められないのは私自身だ。
 なら、元の世界で心を凍りつかせて生きる方がまだマシだ。
『さあ、開けて!』
「ええ」
 私は扉を開けようとする。
 今度という今度は、元の世界にたどり着ける気がした。
 
「開けるんだ?」

 ゾッとした。全身があわ立つような氷点下の気配。
 本能が、私に逃げるように訴えているのに、恐怖で身動き一つ出来ない。
 背中の一点。私の心臓があるだろう場所の上に硬く鋭利な感触。
 多分、エースご自慢の長剣。

 エースに背後から剣を突きつけられている。
 彼がこの剣で、平気で人を斬るということを、私は知っている。

「この前は、開けさせようとしたでしょう?」
 振り返らず、背後に立つエースに問う。
「うん。君が迷ってるみたいだったからね。無理に開けさせようとしても、
開けないかなと思って」
 何て野郎だ。
「今は?」
「分からないな。今は帰る気なんだろう? 俺を捨てて」
 ンな、私が弄(もてあそ)んだみたいな言い方されても。
「エース。剣を下ろして下さい。私が好きじゃないんでしょう?
 なら帰ってもいいじゃないですか」
「え? 俺が君を好きじゃないって? そんな傷つくようなこと言わないでくれよ!
 せっかく、迷う俺が珍しく決意してきたのに」
「いえ、ですから、そもそも好きだったらもう少し……え? 決意って何?」
 剣はまだ下ろされていない。
 迷子の末、偶然ここに着いたのではなかった?
 まさか私を捜して? よもやついに私を斬る決意を……。

「俺は君を奪いに来たんだ。騎士だからね!」

 体勢的に顔は見えないが、彼を歯が白く光らせ、爽やかに笑う幻覚を見た気がした。
「それ、騎士ですかねえ……」
 迫害されてるならともかく、ここじゃ分不相応なくらい大切にされてますが。
「てか、奪ってどうするんです? さすがにこれから延々と野宿生活は嫌ですよ?」
「こらこら、何を想像してるんだよ。俺は騎士だぜ?
 これからハートの城で暮らすんじゃないか」
「ハートの城?」
 あー、そういえばエースの本来の領土でしたっけ。
 なんかこの前の会合のとき、重役の人たちから、ぞんざいに扱われてる
印象を受けましたが。
「騎士に奪われて、お城で暮らすって、女の子の夢だろ?」
「いや、今どき少女マンガでも、そこまでベタな展開をやってるかどうか」
 会合で見た怖そうな女性や神経質そうなウサギさんが思い出される。
 そして騎士。挙げ句に騎士。
 ナイトメアやグレイ、優しい職員さんたちと比べ不安しかないメンバーなんですが。
「大丈夫だよ。女王陛下が君の斬首を命じたって、俺は絶対に君を守ってみせるから!」
「断固拒否します」
「うわー、傷つくぜ!」
「斬首より、あなたに傷つかれる方がお腹が痛くないですし」
「ひっどい恋人だよなあ。俺って本当に不幸だ!」
「私の腹は痛みません」
「そっかそっか。どうしても添い遂げられないっていうのなら……」
 いかん。背中に押し当てられた剣が鋭さを増したような。
 い、いやヤバいって。それ以上、前に出されたら本当に服を斬り、身体を――。

「リンから離れろ」

 氷のような声がする。
「あ! トカゲさん! 俺と鍛錬に来てくれたの!?」
 殺意はフッと消え、エースはあっさりと剣を引いた。
 あわてて振り向くと、エースが上機嫌で剣を構えていた。
 その向こうには――代わって殺意200%なグレイ。
「この前、警告したはずだ。その女からは手を引けと」
 両の手にナイフを構え、今にも攻撃に移りそうだった。
「そんな悪役みたいなことを言われたって、引けるわけないだろう? 
 障害がある方が恋も燃えるしね。あはははは!」
 ……何かさむーい風が吹いたような。
「何が恋、だ。時計屋がいないからと、余所者の女に八つ当たりするような女々しい男が」
「ええ!? 気色悪いこと言わないでくれよ。あいつは関係ないだろう?」
 ちょっと眉をひそめるエース。また『時計屋』だ。
「俺は真剣な気持ちでリンに恋をしてるんだ。な?」
「何をふざけたことを! リンを守るのは俺だ!」
「へえ、リンを狙って俺に警告なんて、トカゲさんも男らしくないことをするんだね」
「リンを傷つけておいて、何を手前勝手な。
 なら本人に聞こう。リン、どちらを選ぶんだ?」
「俺は君の選択を尊重するぜ? 俺とトカゲさん、どっちがいい?」
「…………は?」
 グレイとエースの視線を受け、私は視線を虚空にそらす。
 何これ、夢? 女の子の夢のシチュ?
 しかし『私のために争わないで!』というナルシシズムの境地に、
一向に陥らないのは何故。
「あ、えーと。お気持ちはありがたいのですが、私は元の世界で自立した女として生きようと……」
「分かった。リンが俺たちに配慮して、どっちも決められないのなら……」
「戦って決めてやるのが、男の優しさというものだな!」
 何その超ポジティブ。グレイもキャラがブレちゃいませんか。
「あのー、ですから私のために争わないでと言いますか、その……」
 とりあえずお約束の台詞だけは言っておこう。
「行くぜっ!!」
「リンは渡さないっ!」
 聞いて下さいよ、ヒロインの話。
 

 剣がぶつかり合う音が、耳に痛い。
 目の前では壮絶な剣の戦いが交わされていた。
 腕の骨がクラッシュしそうな、エースの長剣の一撃

 二振りの剣で受け止め、瞬時に反撃に移るグレイ!
 パワーのエースに対し、グレイは爬虫類のスピード。
 両手のナイフが華麗に閃を描き、エースの必殺の一撃を跳ね返す。
 しかし早い。二人とも早すぎる。
 痛いくらいの音がして二人が剣をかわしたかと思えば、次の瞬間には
跳びすさって、次の攻撃に移っている。
 凪ぎ、打ち、跳び、裂き。手首をかえし喉を狙い、頭蓋を狙い、頭から振りかぶる。
 延々と同じ攻撃を続けているわけではない。
 時間は確かに経過している。
 エースの顔からは徐々に笑みが消え、グレイの顔にも汗がにじむ。
 ちょっとずつ、一方が押され出していた。
 
「……どうしよう……」
 蚊帳の外になった私は、二人の邪魔にならないよう後退しながら困っていた。
 この場から立ち去るべきか、二人の戦いを見守るべきか。
 しかし勝者の物になるというのは正しいんだろうか……。

 そう。戦いは少しずつグレイに優勢な方に動いていた。
 エースの顔から笑みが完全に消え、今は悔しさ、いや焦りさえ見え始めている。
 ――エース……!
 その顔を見ると胸が苦しい。さっきの比ではない苦しさだ。
 グレイの物になるという理由からだけではない。
 エースの死によって、この戦いが終わるのではないかと思うからだ。
 あるいは敗北により、彼が彼でない存在に変わってしまうのではないかと。
 そんな痛みから。
「止め……っ……」
 割って入ってでも止めたい。
 けど、男二人の戦いは完全に真剣勝負になっていた。
 下手に入ったら、冗談でなく私の命が危ない。
『お困りのようだね』
「――っ!!」
 そのとき脳裏にナイトメアの声が響き、固まった。
 あわてて二人を見るけど、まだ剣戟(げき)は続いていた。
 私にだけ聞こえるらしい。
『悲劇的な結末が嫌なら、手伝ってもいい』
(あ、あなたに? どうやって?)
 心の中で返答する。
 願ってもないことだけど、あの夢魔に二人を止める力があるなんて、信じられない。
『私の権限で可能だよ。これはルールに沿った戦いではない。だから双方を弾くことが出来る』
(……ルール?)
 さっぱり分からない。でもナイトメアも、今は理解出来なくていい、と言う。
『だが、私に頼るなら君自身も決断しなくてはいけない。どちらかを選ぶのか――帰るのか』
(…………)
 私は二人を見る。
 もうエースは素人目に見ても劣勢だ。
 だけど剣を引かない。決して負けを認めない。
 剣を振り、逆転の好機をうかがうも、ことごとく阻まれる。
 だからグレイも止められない。
 決定的な一打を与えるには、エースは弱くない。
『このままでは不味い。彼らには、よほど君への執着があるようだな』
(執着なんて……私なんかに……)
 私にそんな価値があるとは思えない。余所者というだけの小娘だ。
『だが君の中に、何かを見いだしたんだろう。それは彼らにしか分からない』
(……!)
 グレイの短剣がエースの喉笛を裂くところだった。
 寸前でかわし、私は胸をなで下ろす。
 このままでは本当にグレイがエースを斬ってしまう。
 でも……本当にエースでいいのか……。
『決めるんだ、リン』 

『開けて……』
『扉を開けて……あなたの望む世界に……』
 扉が誘惑をささやく。
 この世界の全てを捨て、心を動かさなくていい氷の世界に戻ろうと。
「リンは渡さない!!」
 グレイが怒鳴る。
「あの子は俺の物だ! 俺が見つけた、俺だけの迷子だ!」
 エースが叫ぶ。愛のささやきとは遠い、自分勝手な言い分。
 でも、だからこそ。
「私……私は……」

 私は叫ぶ。
 扉に、ナイトメアに、グレイに、エースに聞かせるための答えを。

 …………

 …………

 森の中を手をつないで歩く。
 途中、木の根につまずきそうになり、慌てたように支えられた。
「ほらリン、足下に気をつけて」
 エースの声は優しい。
「どうも……」
「ハートの城は遠いからね。体力を温存して、着実に進まないと」
 いえハートの城は、森の木々の向こうに見えていますが。
 距離的に割と近くに感じますが。
 というかこのあたり、もうハートの城の敷地内ではないかと思うのですが。
 まあ私と彼だから、実際に着くまで数十時間帯はかかるでしょう。
「はあ」
 小首を傾げると、
「あ、可愛い顔。キスしていいかな?」
「ダメです」
 言う前に唇をふさがれた。
 頬に彼の手袋の感触。すぐ終わるかと思ったキスは、角度を変え、より深くなる。
 彼の舌が入り込み、執拗に私の舌を探り、反応を求めてきた。
 抱きしめる腕が痛いほどで……てか痛い痛い。マジで痛い。背骨に負荷が!!
「リン……」
 でも顔を見ると、何も言えない。

 好きになってるんだなあ、と気づかされる。

「俺を選んでくれて嬉しいぜ。負けてたのにさ」
「ああ。何か哀れで」
 痛い痛い痛い。冗談だから故意に背骨をしめつけてこないで!
「男としてカッコ悪いなあ。勝ってトカゲさんから正々堂々と君を
奪いたかったのになあ」
 その前に、人に剣をつきつけ脅迫しようとした男が言うか。

 うん。まあエースを選んでしまった。
 エースとグレイは弾き飛ばされ、私は部屋に戻っていた。
 その後、荷物をまとめてナイトメアとグレイにお別れを言った。
 エースに従ってハートの城に移るために。
 グレイは相当落ち込んでいたし、顔をもう一度合わせるのが
気まずかったけど、それはどうしようもない。
 何度も頭を下げ、十分にお礼を伝えた……つもり。
 グレイは大人だった。最後は、私の幸せを祈っていると、大人の笑顔で送り出してくれたけど。
 たぶん、ずっと忘れない。忘れられない。

 そして塔の入り口で待っていたエースと再会した。
 皆に祝福されて……というわけでもないけど、私たちは新しい門出に出発した。
 あとはエンディングロールでも流れれば完璧。

 ……なのだが新居たるハートの城にたどりつけねえ。


「はあ、深い森だなあ。でも大丈夫だ、リン。俺が獲物を捕って
君を食べさせてあげるからな!」
 大した経済力、いや狩猟能力か。
「エース。ここ、やはりハートの城の敷地内では?」
「ええ!? そうなのか? よく分かるなあ」
「いえ、よくも何も……」
 割と近くに見えるハートの城、周囲には芸術的な薔薇の生け垣。
 恋人の脳内を疑ってしまいそうなわたくしがおります。
 あと、知能は私の方が高いらしい。ささやかな優越感。
「ねえエース。敷地内なら、そのうちメイドさんなり園丁さんなり
通るでしょうから、ここで立ち止まって待ってませんか?
 その後、お城に案内してもらえば――」
 我ながら最短ルートである。
「ええ! それはダメだ! 自分の足で歩いてたどり着かないと!」
「いや、案内してもらう方が早いし安全じゃないですか」
「リン〜。迷子仲間の君がそんなことを言うなんて、ショックだぜ」
「ええ〜」
 どうもエースには、道案内の有無へのこだわりがあるらしい。
 妙なところで差異が出たもんだ。
「でも敷地内で迷う方が、森で迷うより厄介ですよ?」
 森と違い、水辺も獲物も限られている。
 病院レベルの迷子癖カップルには、死活問題だ。
「リン。もっと旅を楽しもうぜ!
 せっかく正式な恋人同士になったんだから!」
 あー、はいはい。
「それじゃ一人で旅に出て下さい。私は休んで、人が通りかかるのを待ちますから」
 つか、そろそろ体力の限界だ。
 私はベンチの一つに座り、エースににこやかに手を振る。
「リン、ほら、若いんだからもっと頑張れよ」
 手を引っ張られ、立ち上がらせようとするエース。
 聞こえない、聞こえなーい。
 するとエースはニヤリと笑い、
「ああ、そう。そんな不誠実な恋人には……」
「ん……っ……!」
 かがんできたエースに両肩をつかまれ、唇を押しつけられた。
「わっ!」
 背中と膝に腕が回ったかと思うと、浮遊感。
 お姫様だっこ! 薔薇の生け垣で! 騎士様に!
「えーと、ここの方が人目につかないよな……」
 ロマンスとはほど遠いことを言い、騎士様は生け垣の中に入る。
 この薔薇園は迷路仕様になっているらしく、中には生け垣に四方を
囲まれた空間もある。まるで生け垣の部屋みたいだ。
 休憩用なのか、そんなところにもベンチはあって……。
「あの……エース……」
 ベンチに押し倒されながら声が低くなる。
「誰かが通りかかったら、声を出してもいいぜ? 道案内がいるんだろ?」
 私の服に手をかけながら、邪悪そのものの笑みを浮かべる騎士様。
「い、いったい何を考えて……!」
「えーと、君と×××すること?」
「〜〜〜〜!!」
 顔が真っ赤になる。森とはまた違う。
 ここは本当に誰かが通る上、しかも真っ昼間だ。
「大丈夫、大丈夫。目撃者はちゃんと俺が斬ってあげるから」
「いやそういう問題では……ええと、だから案内してもらって、
あなたの部屋に行ってから……!……」
「えー、そこまでハッキリ言っちゃうんだ。
 リンっていやらしいなあ。あははは!」 
 不味い。完璧に遊ばれている。
 そしてこの男にペースを崩されたら、後はもう引きずられるしかないと
経験から分かっている。
「この、変態……!」
「あ。誰か来たかな?」
「っ!!」
 慌てて両手で口をふさぐ。
「あー、違った。風の音だった。あははは!」
 と言いながら、ボタンをはずし終え、こちらの素肌をあらわにさせる××騎士。 
「……別れましょう、エース」
「それは承諾出来ないなあ」
 エースにキスをされ、もう現実逃避して全てを忘れることにした。

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