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■騎士様とデート

※R18

 目が覚めるとテントの中だった。
 私は掛け布で身体を覆い――そして両手で顔を抑えた。
「何をやっているんですか、私は……」

 エースとの再会の後、水筒の水をわけてもらった。
 彼が保存していた獲物のお肉で簡単なスープを作ってもらった。お腹を満たされた。
 テントまで設営してもらった。
 さすが迷子の先輩。準備が良いことで。
 で、テントに入り、頼もしき先達は獣に豹変したのである。
 豹変ってか、まあそうなるとは思っていたけど。


「あははは。恋人同士の営みってやつじゃないかな?」
 私を抱きしめ、爽やかに笑う男は、上半身に何も身につけていない。
「けど、こういう場所ってのも新鮮だよな」
「…………」
 テントのあるこの場所は、まだ扉の声が聞こえる範囲内なんだけど。
 扉に知的能力はないと思われるが、人の声を発する場所で……
というのは、羞恥心を刺激される。
「ん? ドアの近くは嫌だった? リン」
 ニコニコと私の頭を撫でるエース。
 ……なんか私が嫌がると分かって、場所を選ばれた気分。
「それじゃあさ、気持ちよく目が覚めたことだし」
「そろそろ出発しますか。
 ……出発したいんですが、エース」
 体勢はよろしくない。
 上から覆い被さられ、両腕を磔のごとく抑えられ、貧弱な胸も隠せやしない。
 対してエースは腹が立つほどに引き締まった肉体である。
 つまるところ相手がその気なら、抵抗できない。
「俺は愛し合いたい気分なんだけどなあ」
「……ん……」
 胸に口づけをされると、変な声が出てしまう。
「リン。好きだよ」
 腕を拘束する手が離され、片手が私の髪をかきあげる。
 キスをされ、火照りはじめる身体を探られ、身体に押しつけられる
硬い何かを感じ、自然に自分の奥がうずいてくる。
「君って、いやらしい子だよなあ」
「どっちが……」
 掛け布を取り去り、私の下半身に手を伸ばしながら騎士が笑う。
 しかし私は恨みがましく思う。

 ――あのとき、そばに私がいても気づかなかったくせに。

 扉をずっと見ていた彼。
 エースは私が来る前からあそこにいた。
 でも後から来た私の気配には、一切気づかなかった。
 わざと無視したわけではないらしい。
 つまりは、それくらい物思いに沈んでいたということだ。

 この国に不在らしいエースの知人。
 もしくは知人以上に親しい人。

 彼は何を思い、扉を見ていたんだろう。
 あの『扉』は行きたい場所に行けるはず。
 会合にも不在だったエースはいつから扉の前にいたんだろう。

 私の存在を忘れ去るほど、その『誰か』のことを考えていたんだろうか。
 
「リン……」
 私の名を呼び、愛撫を始めるエース。
 そんな彼の身体を抱きしめ、私は涙がこぼれないよう努力した。
 
 …………

 木々の葉っぱからもれる陽光。
 どこまでも続く大自然。
 身の安全が確保されたら、森が爽やかに見えてくるあたり、私もけっこういい加減だ。
「良かった良かった。会合にたどりつけないで、どうなるかと思ったら
君に会えたんだ。運がいいぜ」
「それ、運がいいんですか?」
「うん!」
「…………」
 エースは私の手をつなぎ、上機嫌だ。
 しかし握力が強いし歩調も早い。
 私は疲れ気味。始終、私に合わせてくれたグレイとは正反対だ。
「あの、エース。手が痛いです。だから、もう少しゆっくり……」
「え? 何か言った?」
「ですから、手が痛いので……」
「え? 何だって?」
「…………」
 喧嘩を売られてると思うべきか。
 勝てる相手じゃないけど。そのとき、
「あ、エース! 向こうの方に民家が見えましたよ!」
 一瞬だけ、木々の向こうに家が見えた。
 もちろん人里に出ても迷うだろう。
「良かった。これでグレイや皆に……」
 けど、グレイや塔の人に会える確率はグッと高くなる。
「え? 何?」
 エースが歩き、民家は木々の向こうに消えていく。
「…………」
 思い出す。この前、エースはグレイと一悶着あったのだ。
 しかも負けたらしい上、恋人たる私は様子を見にも行かなかった。
 けど、それに怒っているならお門違いだ。
 恋人だって言うのも無理やり言わせたみたいなものだし、エースには多分、想う人が……。
「あ」
 エースがそう言って立ち止まる。その場所は、
「ついてないぜ。また同じところに出た」
「ですね」
『おいで……』
『扉を開けて……』
 うむ。さっきとまるで同じ場所に来ていた。
 相変わらず矢印と扉だらけの変な場所だ。
 私の中のしこりが、また重くなる。
 ――今、聞いてみていいのかな。
 さっきは何を考えて扉を見ていたのか。
 不在だという知人は誰なのか。
「エース、あの……」
「開けてみる?」
「え?」
 ハッと気づくとエースが私の手を取り、扉の一つの前に導いた。
 そして私に笑顔で、
「開けてごらんよ。君の行きたい場所に通じるさ」
「っ!!」
 私が元の世界に帰る可能性さえあるのに。
「エース……!」
「ほら、早く」
 無理やりに扉のノブを握らされる。
 へし折る気かという腕力で。私は――。
「や、やめてください!」
 叫んでエースを振り返る。そして言葉につまった。
 緋色の瞳に感情は見えない。
「何で泣いてるんだい? リン」
 目元を手袋の指でぬぐわれ、自分が泣いていたことに気づいた。
「そんな顔をされると、まるで俺がいじめたみたいだ」
 違うっていうんですか。
 エースはかがんで目線を合わせ、頭を撫でてくる。
「本当に可愛いな、リンは」
 その目は本当にいとおしいものを見ているようだった。 
 そしてゆっくりと手を離してくれた。
 
 …………

 その後、特に目的もなく森を歩いた。

 そして木々が開けると、そこは一面の花畑だった。
 色とりどりの花が咲き誇り、チョウチョさんが飛んでいる。
 シラカバの木が見え、森から高原といった感じだ。
「わあ……」
 鬱々とした気分だった私も、その光景に目を奪われる。
 エースはなぜか得意そうに、
「ほら、リン。きれいだろ? 君にこの光景を見せたいと思っていたんだ」
「……いえ迷子癖ですよね、あなた」
 狙った場所にたどり着くなど奇跡に等しい。
「そうだけど、この場所に一度来たことがあるのは本当だぜ?
 君にいつか見せたいと思ったのも本当だ!」
 いや、だから別にあなたが案内したわけじゃないでしょう。何、胸を張ってんすか。
 まあ騎士の機嫌が良さそうだからいいか。
 やっと手も離してもらえたので、私はグッとツッコミを抑え、
のんびりとお花を楽しむことにした。
 

 何かする気もなく、花畑に座り、エースとのんびり会話をかわす。
「これがシャクナゲ、これがデイジー、これがポピー、菜の花……」
 季節感がバラバラすぎる。さすが不思議の国。
「うんうん。おひたしにすると美味しいよね」
 ……しかも常食してるんすか。
「あ、クローバー!」
 すぐ近くにクローバーの群生を発見し、とりあえず四つ葉を探し――
二分で挫折した。
「ないですね。四つ葉なぞ」
「えー、あるじゃないか。ほら」
 クローバーの群を見たエース。ヒョイッと何かつまんだかと思うと、
私に渡してきた。間違いなく四つ葉だった。
「はい、リン。プレゼント」
「ど、どうも……」
 この世界の人たちは、いったいどういう視力をしてるのか。
 浮き足立ってくる心を無視し、エースから顔を背け、四つ葉の
クローバーを大事にポッケにしまう。
 うーん。帰ったら栞(しおり)にしようかな。
「じゃあ、そろそろ行きましょうよ、エース」
 もう一時間帯くらいとどまっている。
 多分、塔ではグレイが私を捜しているはず。
 私たち二人とも迷子癖だということを考えれば、早めに出立しないと。
「えー! 嫌だよ、そんなの。もう少しのんびりしていこうぜ」
「いえ、でも他にすることないでしょう?」
「ええー」
 ブーイングである。な、何かイベントを期待されている?
 しかし花占いとか花かんむりとか、乙女ゲーの主人公的な行動を
求めないでいただきたい。
「何をすんです」
「そうだなあ。せっかく見晴らしがいいんだし……」
 エースが私の身体を見ている気がした。
「は、花占いでもしますかねえ!!」
 無理やりに近くのお花を引きちぎる。
「何を占うんだい? 俺のこと?」
 横になり、頬杖をつきながらエース。
 ――エースは私のことを……嫌い、憎悪、殺意、嫌い、憎悪、殺意……。
 いかん。暗黒花占いである。一本目の花を放棄した。
「どうしたんだ? 最後までいってないぜ?」
「は、はは……」
 ――エースは私のことを……××したい、突き落としたい、本音では無関心……。
 二本目を放棄し、しみじみと、
「大人になるって嫌ですねえ」
「あはははは?」
 疑問の笑いが返ってきた。
 仕方なく私はエースの横に寝た。すると、
「ほら、髪が汚れちゃうぜ?」
 エースが腕枕をしてくれた。私はあいまいな声でお礼を言い、空を眺める。
 雲はゆっくり流れ、鳥たちが鳴き交わす声がする。
 お花の茎をテントウムシがよじ登り、羽を広げて草原へ飛び立っていく。
 
 ――のんびりしますねえ。

 やることもなく、何かに追われることもない、花畑での平和な昼下がり。
 ここに来てから、いや元の世界を通しても、こんな静かな時間を
過ごしたのはいつ以来だろう。横から、あくびをする音がした。
「何だか眠いぜ……」
「そうですね」
 理屈ではクローバーの塔に帰らないと、と思う。
 けど日差しがポカポカしすぎてるせいだろうか?
 隣にいるのはエースなのに、何だか警戒心が解けてくる。
「このまま君と、ずっとここにいられたら、いいのにな」
「…………」
 同じコトを考えていた、なんて認めたくない。
 私はもう目を閉じ、うとうとしていた。
「こら、風邪を引くぜ?」
 いやー。私は首を振り、エースに背を向ける。
「ほら起きろよ!」
 うお! 頭が腕枕から落ちた。
 でもまた眠たくなり、そのまま動かない。
「リン」
 それから身体をフワリと何かが包み、薄目でエースのコートを
かけられたと気がついた。
 そしてもう一度腕枕をしてくれるエース。
「世話の焼ける子だなあ」
 それはどっちですか、とぼんやり思っていると。
 ……何かが唇に押しつけられる。
 何だっけ、と思っているうちに、本当に私は寝てしまった。

 …………

「何があったのか、説明していただけますでしょうか」
「騎士らしく、かよわい女の子を守った! ああ、名乗る名などないぜ。
人として当然のことをしたまでです」
「エース」
 冗談めかす相手をたしなめる。
 エースも少し笑いを後退させ――でもまだ笑ってるけど――剣についた血をぬぐう。
「刺客だよ。会合の最中は争いは禁止なんだけどね」
「……刺客!?」
 私にとってはフィクションの中だけの言葉だ。
 ギョッとしてエースを見る。彼は青空のように笑うのみ。


 昼寝から目を覚ますと、きれいだった花畑は踏み荒らされ、動かなくなった人たちが何人も転がっていた。
 立っていたのは、身体を朱に染めたエースだけだ。
「何で起こしてくれなかったんですか!」
 よく見ると、私のすぐ側の地面に短剣が刺さっている。
 起きなかった私もたいがいだけど、私を守りながら、これだけの人数に
立ち向かったらしいエースもすごい。
「俺は騎士だからね。女の子の安息は守らなきゃ」
「そこまでして睡眠時間を確保していただくほどじゃ、ありません!」
「そう? 最近寝不足なんじゃない?
 ちょっと目元にクマが出来てたの、気づいてなかった?」
「え? そ、そうなんですか?――じゃなくて!」
 うう。守ってもらったことにお礼を言うべきなんだろうけど。
 現実味がないこともあり、どうも彼のペースに巻き込まれる。
「やっぱり君って面白い子だな」
 赤に染まった花畑。そう言って笑うあなたは怖いですが。
「お怪我はありませんか?」
 まあ多少、斬られたりしても大丈夫そうな人ではあるが。
 すると騎士は気取った様子で、
「ご心配にはおよびません。愛しの姫君を守れたことこそが我が剣の誇りです」
 キラリと歯を光らせる様はどこまでもカッコ良く……死ぬほど空々しい。
「あー、どうも……」
「うわ、冷たい反応!!」
 何だか褒めてもらいたそうにも見えたので、背伸びして頭を撫でる。
「よしよし、良くできました」
「君、本当に冷たいぜ?」
 と言いつつエースは嬉しそうだ。
「よしよしよし、はいご褒美」
 ふざけて抱きしめると、エースも私を抱きしめ返してくる。
 顔をあげると目が合い、自然と唇が重なる。
「君を守れて良かった……」
「……っ!」
 どんな言葉よりも、心が鼓動に跳ね上がる。
 守ってくれたのだ。私を危険から。
 不思議な人だと思う。
 私に手を出し、平気で傷つけるのにそんなことも言う。

 ――どうでもいいと思う相手なら、守ったりしないし、こんなことも言わないですよね?

 心にわずかな希望の光がともる。
「エース……」
 いったい、彼はどんな人なんだろう。
 手を私の身体に這わせてくるのを感じながら、私は彼に身体を預けていた。

 …………

 テントの中で、例によって私は下着姿である。
 横に寝るエースは上半身裸で、
「そんなに熱心にやらなくてもいいぜ。放っておいたら元に戻るんだから」
「そう言っていると、どんどん、だらしなくなりますよ。小まめに掃除する習慣をつけないと」
 私はランプのガラスを拭きながら言い返す。
 といっても、私は元の世界ではむしろだらしない部類の性格だった。
 どうもこっちの世界に来てから潔癖性になりつつある気がする。何でだろう。
「君、ペーターさんと気が合うかもな」
 ちょっと呆れたようにエースが言う。
「ペーターさん? ええと、ハートの城の宰相さんですよね?」
 直接の面識はありませんが。
「うん。本当に綺麗好きでさ。何かあると雑菌が、雑菌が〜って、斬りたくなるくらい、うっとうしいんだ」
「……それ、ちょっと病気なんじゃ」
 そういう人と気が合うとか、遠回しにけなされてる気も。
 私はランプを拭くのを止め、エースの隣に戻る。
 布団にもぐると、
「それじゃ、もう一度……」
 嬉しそうに抱き寄せてくる彼を見、テントを見る。
「このテント、古いですね。朝になったら丸洗いして……」
「リン〜」
 唇を重ねてだまらせる、という古典的なことをされた。
 キスを受けながら、目を閉じる。
「君が好きだよ。俺と一緒に迷ってくれる君が、ね」
 エースがそう言う。
 どうしてだろう。抱きしめられているのに、何だかすがられている気がする。
 そして思う。
 エースは、あのとき何を思って『扉』を見ていたんだろう。
 私は、その人の代わりなんだろうか。


 …………

 ちなみに翌朝。
「エース……だ、ダメ……もう……」
 シラカバの木にすがりつき、息を必死で押さえる。
 何でテントの中ですませなかった。
 そして今ここでテントを設営しない。
 山ほどの罵倒は笑顔で流された。
「あははは。そう言いながら顔が真っ赤だぜ、リン。
 ほら、もっとよく見えるように足を開いて」
 対する騎士はこちらの羞恥心にカケラも頓着することなく、後ろから
貫き、身体を動かしてくる。
 私? 衣服はシャツをどうにか身体にひっかけている程度ですが、何か?
 ああ、地面に落ちた衣服の上をテントウムシさんが。
 下着の上に止まるのだけは、ご遠慮を!!
「……んっ……!」
 熟れきった実に触れられ、腰が跳ねる。
 乱暴にイジられるほどに、果汁があふれ、彼の手を汚していく。
「やっぱり大自然の中って、解放感があるよなあ」
 ありすぎだ。しかも視界の開けた花畑の隅っこ。
 その上、倒れた刺客の人たちまでいるし……。
「あ、あれ……?」
 いない。テントで休む前にエースが片づけた刺客の人たち。
 あれだけの人数が。目をこらしてもどこにもいない。
 いや、目をこらすと草むらに何かが落ちているような……。
「エース、さっきの……人たち……」
「え? 誰かに見られてる方がいいの? うーん、君は好きだけど、
そういう趣味はちょっと――」
「ち、違いますよ……あ……ん……っ」
「困った子には、おしおきをしないとな」
「……エース……? 何……っ……や……っ」
 貫かれたまま、体勢を変えさせられる。
 片足を無理やり持ち上げられ、一気に深く押し入られた。
 陽光に濡れた秘部を晒され、羞恥心で全身が赤くなる。
「あ……や……ん……! ああっ……あ……!」
 緩急をつけて何度も抉られ、嫌でも女の声が出てしまう。
 エースはもう片手で私の胸を愛撫しながら耳元で、
「はは。こういうのが好き? 何だかさっきより濡れてるぜ?」
「そんなこと……ん……あ……っ……」
 耳朶に歯を立てられ、
「なら今度は街の路地裏でやってあげようか? どうせ俺たちじゃ、
宿にたどりつけないもんな」
 い、いえ、それはさすがにドン引きますが……。
 しかし実行に移しかねないアレな人ということも、何となく分かってきている。
「リン。俺だけを見て……」
 また体勢が変わり、草むらに押し倒された。
 そろそろエースも余裕がなくなってきたのか、後はひたすらに抽送を繰り返す。
 草の匂いと花の匂いが鼻孔をくすぐる。
 シラカバから差し込む陽光があまりにも爽やかで、獣の行為を
行っていることに、なぜか背徳感まで覚えた。
「リン……リン……っ……」
 足を大きく開かされ、見境のないケダモノに何度も何度も奥まで蹂躙される。
 けれど愛液を垂れ流し、抱きつく私も私。
 恋人だと認めたくない人なのに。
「エース……」
 抱きしめ、唇を何度も何度も重ねる。
 おかしくなりそうなほど揺さぶられ、もうエース以外のことは何も考えられない。
「帰らないで……ずっと……俺と……」
 その先は、何を言おうとしたのか。
「――――っ!!」
 絶頂感に思考が真っ白に弾け、エースもまた、私の中で果てたのを感じた。
「大好きだよ……」

 唇を重ね、抱きしめられながら、私は意識を落としていった。

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