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■夜の森・上

前門の虎、後門の狼という言葉がございまして。
赤いのがついたノコギリを持ったネズミさん。
ネズミさんは騎士に恐れをなし、さっさと逃げてしまった。
そして遺されたのは……。

「エース……あの、エース」
焚き火の炎を眺めながら言う。
「あ、ちょっと待っててくれよ。今、テントを張り終わるから」
騎士は、私にしたことを覚えていないかのような気軽さで笑う。
「こんな暗い中、女の子を送るのは危険だし、泊まっていってくれよ」
「あなたといる方が危険なんですが」
「あはははは!」
「笑ってごまかさないでくださいよ、もう……」
私は、後ろ手を動かす。
……縛られています。
いやらしい意味での縛る、ではなく拘束の縛りで。
「だって、せっかく君のため、はせ参じたのに逃げようとするからだろ?
ほら、俺って騎士だから、女の子は守らなきゃ!」
騎士はテントを張りながら、キラッと白い歯を光らせる。
「…………」
私はつきあう気にもなれず、大きく息を吐いた。するとエースがテントを
張っていた手を離し、
「それとも……テントを張るまで我慢出来ない?」
「は?」
「まあ、夜だしテントの外だけど、恋人の嗜好につきあうのにやぶさかじゃあないぜ」
「はあ!?」
ツッコミどころしかない。が、すでにエースは張りかけのテントから離れ、
私の方に向かってきている。襲われた記憶が蘇り、私は青ざめて後ろに
下がる。が、すぐに背中に木の幹があたる。後ろではさっき言った通り
縛られ、もがけど縄が手首に食い込むのみ。
「リン……」
「や、や、止めて下さい……!!誰かっ!!」
叫ぶけれど、どう見ても場所は深い森の中。人の気配もない。
「俺のことが、怖い?」
「!!」
いつ近づいたのか、エースの顔が間近にあった。
怖い。本音を言うと怖い。昼間に会っても違和感のある人だったけど、
こんな風に人けの無い場所だとなおさら……。
「エ、エース……わ、私は……あ、あなたが好きじゃ、ないです」
かすれる声で言った。
「うん、それで?」
エースは爽やかな笑顔だった。
「あなたは『役持ち』という偉い立場なんでしょう?
ハートのお城の軍事責任者なんでしょう?
遊ぶ女性をお求めなら、もっと別の――っ!!」
まず痛みを感じ、次に喉に手を当てられたのだと気づく。

「俺が好きなのは、君だよ」

何とか圧迫感を抱かない程度の強さで、エースは笑う。
――どの口が!!
「だったら!何で……っ!!」
怒りで言葉にならない。
『アレ』が好きな女性への態度か。
あんなことをされ、どんなに私がショックで、どのくらい夢でうなされ、
ナイトメアの不思議な力で助けられたか。
けどエースは私の喉に手を当てながら平然と、
「ほら、好きな子は苛めたいって言うじゃないか?実際に君の泣き声は
すごくそそられたし……君だって、まんざらでも無かったんだろ?」
「……っ!!」
暗にほのめかされ、羞恥で頬が熱くなる。
「リン」
エースは息がかかりそうなくらい顔をよせ、耳元で囁く。
「あのときはちょっと焦っちゃった。ごめんな。だって君は迷子仲間。
俺と一緒に迷ってくれそうな子だ。
早めに捕まえておかない手はないだろう?」
「……は?」
あのことを『ごめんな』で済ませる神経にも恐れ入るが、その後の
言葉にも引っかかった。
「あの。別に私は元から迷子だったわけじゃ……」
「でも今は迷子だろ?俺には、それだけで十分だ」
「…………」
ええと、経緯はどうあれ、私が迷子癖だから手を出したってこと?
エースは私の髪にキスをする。やはり喉に手は当てたまま。
「リン。余所者がどれだけ好かれ、愛されるか知ってるか?
同じ領土にいたらなおさらだぜ。俺が先に君を見つけたのに、
夢魔さんやトカゲさんに取られちゃたまらないだろ?」
「あなたが何を言ってるのか……」
ナイトメアは友人で居候先の主。グレイは大人の男性で、私なんかを相手に
するとは到底思えない。
「好きだよ」
「……っ!!」
キスをされた。唇に噛みついてやろうと思うより先に、騎士は離れる。
そして喉にかけた手をそっと離し……私の胸に触れる。
「……っ!や、止めて……!!」
もがくけれど、やはり縄は……い、痛い!
「あれ?大丈夫?荒縄だから、暴れて傷が出来ると痛いぜ?」
……言われなくても十分に分かる。
悔しくて睨みつける私に、エースは目を細めて微笑む。
焚き火の炎に照らされた騎士の目を、より赤く感じる。
「安心してくれよ。優しくするからさ」
獲物をいたぶる獣の目で。

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