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■最悪の騎士2

汚れた手を石鹸で洗っていると、浴室の扉が開く音がした。
「ああ、気持ち良かった」
シャワーから出てきたエースは、真っ白なタオルで頭を拭きながら笑う。
「リンも一緒に入れば良かったのに」
「冗談言わないで下さい」
手をすすぎながら言った。
「俺は騎士だから冗談は言わないぜ!一緒に背中を流そう!」
「…………」
振り返り、ツッコミを入れようとした姿勢のまま、止まる。
エースは上半身に何も身につけず、下半身にズボンをはいただけ。
さして親しくもない男性の身体を間近で見てしまい、気まずくなる。
「その……騎士だから冗談を言わないとか、は……」
視線をそらし、口ごもる。顔が少し赤くなっていたかもしれない。
するとエースが悪戯っぽく笑う気配がした。
「リン。もしかして、俺の身体に照れている?」
「て、照れてなんかいませんよ!」
思わずエースを見、鍛えられた身体を直視してしまい、また止まる。
「やっぱり照れてる!ならやっぱり一緒に入ろうぜ。
風呂場でゆっくり、俺の身体を見せてあげるからさ!」
手をつかまれそうになり、危機感に慌ててよけた。
「子供ですか!冗談を言ってないで、早く服を着て下さい!」
「うーん。でも着る服がないぜ?」
「ぐっ」
うむ。私の熱心な掃除のせいで、エースご自慢の赤いコートや上着は
完璧に汚れている。洗剤でもないと落ちないだろうが、塔の客室に、
さすがに洗剤までは用意していない。
が、洗剤のある場所に行こうにも、私は迷子体質になってしまっている。
結果、汚れた服はテーブルに放り出されていた。
「バスローブです、どうぞ!」
しかし上半身裸のまま居させるわけにいかない。
クローゼットからバスローブを取り出し、突きつけた。
エースもちょっと寒かったのか、素直にそれを羽織る。そしてニヤッと、
「これって、何だか二人でいやらしいことをした後みたいだよな」
「アホなこと言ってないで下さい。ほら、珈琲を淹れましたから」
「冷たいぜ、リン。もっと初めての後の、甘い会話をだな」
「エース!」
エースは笑いながら私について、テーブルの椅子に座った。


「それで、何だって塔の中でテントをはって焚き火をされてたんですか」
珈琲を飲みながら、つい呆れ声。
「もちろん!トカゲさんに鍛錬を申し込むためだ!」
トカゲさんことグレイは全身ナイフ武装の剣客。
ナイトメアの護衛もしているそうだ。
対するエースは大剣を提げた騎士。勤め先のお城では軍事責任者だという。
武闘派同士、切磋琢磨もしたくなるのだろう……ということにしておく。
「グレイは『会合』っていうイベントの準備で、鍛錬、なんて暇なさそう
でしたよ?それ以前に、それは塔の中で焚き火をする理由にはなってませんよね?」
「仕方ないだろう?俺も君と同じ迷子体質だ。
迷っていつまでもたどりつけず、行き倒れてしまうかもしれない。
この気持ち、君なら分かるだろう?だからつい、焚き火を」
「ええ、まあ。分かると言えば分か――じゃないですよ!
道くらい人に聞きゃあいいでしょうが!私は聞いてますよ」
「道を聞く?そんなことは出来ないな!」
「は?」
「人に道を聞いてばかりじゃ成長出来ないだろう?
彼らの仕事を邪魔するのも良くない!」
「いえ、別にいいじゃないですか。道くらい」
「ダメだ!なぜなら――」
……以下略。言葉の意味を探るに、エースは人に道案内してもらうことに
抵抗があるようだ。まあ身分の高い騎士様だし、私には分からない
こだわりでもあるんだろう……多分。
「逆に迷惑ですよ。あれだけ盛大に焚き火されちゃ。
絨毯なんて真っ黒だったし、元に戻るまで通路が使えなくなります」
「いいじゃないか。道なんてたくさんあるんだ!
レールを敷かれたように同じ道を歩く必要はない!」
「絨毯の請求書、あなたに送付するようグレイに言いますから」
冷たく睨みつけるとエースが困ったように笑う。
「リンー。何だか冷たくなった?他の男の名前なんか出さないでくれよ」
手を伸ばされ、私の手がエースの大きな手に包み込まれる。
ちょっと前ならドキッとしたかもしれないけど、今はさして嬉しくない。
でもはねのけず、そのままにする。
「何でそうなるんですか」
「え?そういうこと聞いちゃうんだ」
完璧にからかわれている。私はエースの手をはらい、脱力して言った。
「この世界に詳しくないからって、絡まないで下さい。
グレイに聞いて、あなたの……こ、こ、恋人さんに、チクりますよ?」
何気なさを装って言う。
こんなカッコイイ人で、しかも騎士。恋人がいないはずがない。
「え?恋人なんていないぜ?」
「本当ですか!?」
顔を上げて言い、ハッとする。意識してますと言ったようなものだ。
エースはもはや、いたぶる獲物を捕まえた猫の目だった。

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