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■白ウサギさんと私・下

「アリス姉さんには知らないままでいてほしいです」
あの人には、紅茶とクッキーをいただいて、あははうふふと笑っていてほしい。
脅迫にいじめに銃弾なんて、アリス姉さんにはふさわしくありません。
「白ウサギも君も、アリスの狂信的な信者のようだな」
「あなたもでしょう?」
美しくて優しくて賢いアリス姉さん。
たくさんの役持ちの男性が、私が来る前からアリス姉さんに夢中でした。
誰もが競って気を惹こうとしているのを、私は日常的に見ています。
帽子屋さんが例外とは、とても思えません。しかし、
「いいや」
帽子屋さんがクロスの掛かったテーブルに紅茶を置きます。
そして頬杖をつき、切れ長の瞳で、
「アリスを好ましく思うことは否定しない。
だが、私は君に興味がわいてきた」
「は?」
「ニコニコしてアリスの後を追うだけかと思っていたら、敬愛する彼女のため、命を
危険に晒し、一人耐える覚悟がある。その陰の部分を魅力的に思った」
「はあ……」
いえ、普通に時間引き伸ばし作戦はしましたし、保身も頭に入れておりますが。
好きな人に心配かけたくないのも、ごく当たり前のことでは?
「……どうもありがとうございます」
戸惑いつつ言うと、帽子屋さんは苦笑されました。

…………

…………

それから何ごともなく、少し経ちました。
「ただいま、ナノ」
私たちの家に、アリス姉さんが帰ってきました。
「おかえりなさい、アリス姉さん。帽子屋屋敷でのお手伝い、ご苦労さまです」
「だから硬いわよ、ナノ」
チョンと額をつつかれました。あう。

アリス姉さんは、ソファで私と並んで紅茶を飲まれます。
クッキーと焼きたてケーキの良い匂いが漂います。
「ブラッドったら、最近、会うたびにあなたの話を聞きたがるのよ。
あまり会わないのにね」
私はアリス姉さんと一緒にお茶会に誘われますが、毎回辞退します。
そしてアリス姉さんは私に向き直り、
「ねえ、ナノ」
「はい、アリス姉さん」
アリス姉さんは、私の両手をギュッと握りました。
「何かあったら、私に話して。ペーターに嫌がらせされたとか、ブラッドに変なことを
言われたとか、隠さないで。私が必ず力になるわ」
そのキリリとしたお顔に、私は頬を赤くします。
「いいえ、大丈夫ですよ。何も問題ありません」
「本当に?」
「ええ!」
私は最高の笑顔でうなずきます。
「それなら、いいけど……」
アリス姉さんはうつむき、また紅茶を飲みました。
その横顔を見て、もしかするとアリス姉さんは何か心当たりがあって、あんなことを
言ったのではないか。そんな気になりました。
でも例えそうだとしても、何も言うことはありません。
「それでね、ナノ。帰り道の商店街に、すごくお洒落な雑貨屋さんを見つけたの!」
「本当ですか!行ってみたいです!」
私たちはキャッキャと盛り上がりました。

アリス姉さんは、やはり紅茶とお菓子と可愛い物が似合う方です。
私がときどき嫌な目にあうなんて、知らないままでいてほしいです。

――でもアリス姉さんも、打ち明けてほしいんじゃ……。

一瞬そんなことを思いました。それを口にしてみようかとも。
「困った妹におしおき!」
「わ!アリス姉さん!く、くすぐるのはダメ……!」
くすぐりっこが始まってしまい、その機会は閉ざされたのでした。

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