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■白ウサギさんと私・上


それは家に帰る道中のこと。
賑やかな通りの真ん中で、私はばったりと白ウサギさんに会いました。
「あ、どうもおひさ……」
「理解出来ません!!」
私がご挨拶するより先に、白ウサギさんは仰いました。道行く人が振り返る大声で。
そして瞬時に時計を銃にチェンジされました。
たちまち通行人さんたちがそそくさと離れていきます。
銃を向けられた私だけが動けません。
「何で、清らかで美しく女神のようなアリスが……」
アリス姉さんの賛美には大いに賛同いたします。
しかしアリス信者同士で盛り上がりたくとも、白ウサギさんは……
「何で、こんな×××××××と住んでいるのですか!」
放送禁止用語という形容さえ生ぬるい罵倒。
私は白ウサギさんに知的生物と認識されていませんです。
彼は憤怒で銃口をブルブル震わせ、私を睨みつけてます。
さながら家庭内害虫か、車にひかれた×××を見るような嫌悪のまなざしで。
「何でこんな不快な物体を彼女は愛でているのですか!これさえ来なければ……!」
『物体』とか『これ』とか。ニコニコする私ですが、心はザクザク傷ついていきます。
そして白ウサギさん、何やら決意のまなざしで銃口の震えを止めます。
「彼女に嫌われてもいい……こんな不快生物が彼女のそばにいるなど耐えられない!」
――あ、ダメっぽいですか?
私は笑顔のままです。

何というかこう、白ウサギさんは会った時から、全身全霊で私を憎んでおられます。
それこそ宿命としか言いようのない頑迷さで殺意を向けられます。
これはもう、どうしようもないようです。

歩み寄りの努力はしたのです。
笑顔で挨拶したり、プレゼントしたり、仲直りを求める手紙を書いたり……しかし
全てが徒労に終わりました。なぜそこまで憎まれるかと言われれば、私が私だから。
私がアリス姉さんと住んでいるから。大いに理不尽な理由です。
街中で会ったら、その時点で『覚悟』するしかないのです。はあ。

「私を×したら、アリス姉さんはあなたと一生、口をきかないと思いますよ?」
一応、時間を引き伸ばしてみます。ちなみにこの時点で通行人の皆さん、誰一人、私を
助けて下さる気配はありません。嗚呼、無縁社会。
そして白ウサギさんは小馬鹿にしたように笑い、
「愚かな微生物だ。傷心の彼女は僕が慰め、城に住んでもらうに決まっている!」
うわあ、ストーカーっぽい発想ですね。
……て、ストーカーだったっけ、このウサギさん。

「白ウサギさん。仰ることは大変ごもっともです。
ですからお望みでしたら、私はアリス姉さんの元を去ります」
逝きたくはないので、にこやかにそう言いました。すると、
「その言葉に偽りはありませんか?」
白ウサギさんは少し考える顔になりました。
やはり、怒りの中にあっても『邪魔な娘を××→アリスに嫌われる!!』という最悪の
シナリオは、回避したかったようです。
「今すぐに彼女の前から姿を消すと?」
「三時間帯もあれば」
「長い!」
「一時間帯」
「いいでしょう。しかし彼女は天使。
卑小な害虫同然だろうと、あなたを捜すかもしれません」
「元の世界に帰る、と置き手紙をして消えます」
まあ元の世界は、帰るに帰れませんが。

ついに、白ウサギさんは銃を下ろされました。
「よろしい。では、この場で両手を地面につき、確かに約束を実行すると誓約なさい」
「はいはい」
と私が、人通りの絶えない昼の通りで、地面にひざまずこうとしますと、

「その必要はない」

ヒヤリとした声が聞こえました。

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