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■時計屋さんと私

私はバスケットを抱え、長い長い階段を小走りに上ります。
しかし時計塔の階段は少々長すぎて、少し困るのです。
「疲れましたです……」
しかし、上りに上って、ついに私が勝利する時が参りました。
階段の向こうに時計屋さんの仕事場が見えてきたのです。
私は扉の前に立ち、深呼吸。そして意を決し、コンコンとノックいたしました。

「……入れ」

私は小さくため息。時計屋さんが不在だったら良かった……なんて失礼すぎて自分では
認めたくないのです。でも、苦手な方ではあります。
私はギイっと音を立てて扉を開きました。


時計屋さんは眼鏡をかけ、修理中のご様子です。私を見ると、眼鏡をかけなおし、
「ナノか。何の用だ」
私は慌てて、レースの覆いのしたバスケットをお見せし、
「アリス姉さんからです。どうぞ召し上がって――」
「いらん。余計な世話を焼くな」
言い終わる前に拒まれました。時計屋さんは強敵です。
「でも、食べていただけないと、アリス姉さんが……」
「あいつがナノを怒るわけがないだろう。
なら自分で中身を片づけろ」
時計屋さんは冷たいです。
それにアリス姉さんが可哀想です……。
アリス姉さん、時計屋さんのために早起きしてサンドイッチを作ったのに。
私もお手伝いして、パンにバターを塗ったりレタスを挟んだりしたのに。
うう、何だかすごく悲しくなって……
「お、おい、泣くな!」
何だか物凄く焦った時計屋さんの声。
な、泣いてないです!涙ぐんでないです!
「食べる!食べればいいんだろう!?」
時計屋さんの声は、ただ慌てておられました。

…………

椅子に座っていますと、コトリと目の前に何か置かれました。きれいなコップです。
「ほら、オレンジジュースだ」
「ありがとうございます」
頭を下げていただきます。美味しい……。
私は珈琲が苦手だと、時計屋さんはご存知だったみたいです。
時計屋さんは作業台を片づけ、昼食をとる準備をされました。

時計屋さんの前には挽き立て珈琲。私には瓶からついでいただいたオレンジジュース。
「では、二人でいただくか」
と時計屋さんがバスケットの覆いを外されました。
「……て、私はいただきませんよ?」
バスケットお届けに来ただけですし。すると時計屋さんは呆れたように、
「バスケットを見ろ、二人分の量だ。私はそんなにいらん」
「お友達がいらっしゃったときのため、予備も作ったそうですよ」
「だがいないだろう。あいつはいつ来るか分からんし、それまでサンドイッチを放置
することは出来ない」
そう言ってご自分も椅子に座ると、バスケットのフタを開けました。
「うわあー!」
「…………」
中身はすごかったです。
アリス姉さんお手製のサンドイッチにフィッシュアンドチップス、サーモンのサラダ、
デザートのアップルパイまでついています。
どれも彩り良く、すごく美味しそうでした。長い階段を上ってきた私も、何かお腹の虫の音が……。
「ほら、ナノ。さっさと食え」
時計屋さんが、ベーコンのサンドイッチを口に運びながら言います。
「い、いただきます」
私も両手をあわせ、言いました。
「ああ」
時計屋さんは言います。
ていうか、時計屋さんが私にご馳走してるような構図になっているのは何故。

「美味しいですね!」
私は夢中になってアリス姉さんのお料理をいただきます。
「ああ」
「そのサンドイッチ、いただいていいですか!?」
「かまわん」
「あ!オレンジジュースも、もちろん美味しいです!」
「妙な気を使うな。いいから食べろ」
「はい!」
私たちの昼食会は続きます。
でもなぜか私は、前ほど気詰まりを感じませんでした。
私を見る時計屋さんの目が、優しかったからかもしれません。

――全部、アリス姉さんの手作り料理のおかげですね。

窓からの日差しを浴び、私たちは穏やかに昼食をします。

そして、時計屋さんがちょっぴり怖くなくなりました。

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