■エースさんと私・下

夜の街の一角でのこと。
私を(自主規制)して(自主規制)しようとした男性たちは、現在、全員が地面に
倒れ……誰一人として、息をしていません。
正義の騎士の剣によって切り刻まれた身体は、目を背けたくなるほど、むごたらしい
様相を呈していました。ですが助けられた私に非難することは出来ません。
そしてエースさん、剣を鞘におさめると、
「本当に危ないところだったな。女の子が夜に外を出歩くもんじゃないぜ」
はい。確かに。白ウサギさんの銃弾が、耳元をかすめたときよりピンチでした。
「その、エースさん、よく私に気づかれましたね……」
何となくその点が気になってしまう。迷子癖なのに、迷子癖なのに、迷子癖なのに。
「ああ、君の跡をつけてたから」
……なんかすごい発言をサラリとされたような。
「これを届けようと思ってさ」
そしてエースさんは懐から何かを取り出し、笑いました。
私が探していた膝掛けでした。


曰く、私はエースさんから離され帰るとき、手の力が緩んだのか、膝掛けを落とした
そうです。私は地面をあまり見ていなくて、気づかなかったそうです。
エースさん、それを拾い、返そうと思ったとか。
そして四苦八苦して、私たちの家にどうにかたどり着きました。
でも迷いすぎて、夜になっていたそうです。
さすがに女性二人暮らしの家に、夜分に押しかけるものではない。
なので、庭でキャンプをしようと準備を始めようとしていたら、私が出て来た。
その後はご存じの通り。
……ツッコミどころがある気もしますが、助けられた手前、追及しません。
あと、疑ってすみませんでした。

「それじゃあ、次からは夜に出歩くんじゃないよ」
エースさん、私を家まで送って下さいました。
……途中、何度も道をそれようとしたので、軌道修正が大変でしたが。
「えと、本当にありがとうございました……」
私はまだショックが抜けきらず、多少強ばった顔で、エースさんに頭を下げました。
そのときエースさんの剣が目に入り、男性たちの最期の姿が脳裏に浮かび、ブルッと
身体が震えました。エースさん、そんな私に目を細め、
「スッキリしない顔だね。でも、悪い奴に同情するもんじゃないぜ」
見透かすように言います。
「いえ、でもその、あの……」
平和な平和な日本で育った自分。いくら価値観の相違があるとはいえ……。
「優しいな、アリスも君も」
エースさんは笑う。それはどこか哀れんでいるようにも思えた。
「でも、この世界であまり優しすぎると、いつかひどい目にあうかもな」
「…………」
「悪い奴に、さらわれちゃうかもね」
「…………」
「なーんて、ね」
エースさんは肩をすくめて笑う。
そして、ふと身をかがめると、私の額にちゅっとキスをしました。
「――っ!」
私が目を丸くすると、
「さて、そろそろあいつら、時計に戻った頃かな。
回収して、ユリウスのとこに持って行くか」
エースさんは謎の言葉を言い、私に手を振り、笑って去って行かれました。
……ただし時計塔と真逆の方向に。
その姿が宵闇にまぎれ、見えなくなるまで私は見ていました。
そして私がホッとして、家に戻ろうとすると、

「ナノ……」
アリス姉さんがいました。家の扉の前に。
あの天使のように愛らしく美しく優しいアリス姉さんが、
「あなた……あれほど危ないって言ったのに、出かけたわね……」
悪鬼羅刹のような形相で、立っておられました。
しかし夜更けに外で、ネグリジェ姿なアリス姉さんも、ちょっとヤバイのでは……。


「いい!?女の子一人で勝手に夜中、外に出ない!」
「はい……」
「この世界は子供から大人まで銃を持ってるのよ!?あなたに何かあったら――」
「はい……」
どこぞの劣等生のママのごとく、アリス姉さんは私をガミガミガミと叱ります。
私は床に正座し、うなだれて拝聴していました。
実は、アリス姉さんだってたまに夜にお出かけになります。夜の時間帯しか会えない
役持ちさんもいるから、とのことですが、危ないことに変わりはないのでは。
……そういうツッコミが、ためらわれるほどの怒髪天でした。
「何もなくて本当に良かったわ……」
最後に泣きそうな顔で、私をギュッと抱きしめました。
「本当に膝掛けなんかどうでも良かったのよ。あなたが無事なら……」
「…………」
私は、余所者という以上に、アリス姉さんが愛される理由が分かった気がしました。
そしてハッと気づきました。
「あ。膝掛け……!」
結局、エースさんが持っていったままです。アリス姉さんは苦笑して、
「エースにあげるわよ。本人も、そのつもりでワザと返さなかったんでしょうし」
アリス姉さんはふうっと息を吐きました。
うーむ。エースさん、なかなかの策士です。
「それじゃ、寝ましょう。まだ夜なんだから」
アリス姉さんは笑顔で言います。
「はい!」
と私も笑顔で応え、アリス姉さんと寝室に向かいます。

『悪い奴に、さらわれちゃうかもね』

とエースさんが残した言葉に、どこか不安を覚えながら。

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