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■エースさんと私・中

二人の家に戻ったとき、時間帯は夜に変わりました。
「ごめんなさい、アリス姉さん……」
膝掛けをなくした私は罪状を告白し、テーブルでしょんぼりと、うなだれます。
「いいわよ、ナノ。膝掛けなんて、また編めばいいじゃない」
アリス姉さんは本当にそう思っておられるようで、苦笑して頭を撫でて下さいます。
「それより、一緒にお夕飯を作りましょう?豪華なものにしましょうよ!
お手伝い先でもらったお土産もあるのよ、ね?」
私が落ち込んでいるせいでしょうか。アリス姉さん、逆に私をなだめてこられます。
「はい……」
あまり困らせるわけにも行かないので、私も気を取り直したフリをして立ち上がり、
アリス姉さんについてお台所に向かいます。
しかし、心の中はやはり膝掛けをなくした罪悪感でいっぱいでした。

そして、食後は紅茶とケーキをいただきながら、アリス姉さんと談笑。
お片付けも終わらせ、おやすみなさーい、となりました。


「…………」
窓の外はきれいな月です。しかし私は眠れません。
寝返りをうちながら、ベッドの中で考えます。
……下手人はやはりエースさんなのでしょうか。
七たび尋ねて人を疑え、とは言いますが、状況証拠がそろっています。
アリス姉さん作の膝掛けですから、私は大切に手に持っていました。
帰り道でも目を皿にして探しましたが、見つからなかったんです。
なら、朝になってからエースさんに問いただせばいい。
でもそれまで膝掛けは無事なんでしょうか。
「…………」
ついに私はムクリと起き上がります。
ゆっくりと床に素足をつけましたが、隣のベッドのアリス姉さんは、起きる気配も
ありません。お手伝いでお疲れなんでしょう。
私は音を立てないよう、普段着に着替え、そっと家を出ていきました。

…………

さすがに夜は人通りもほとんどなく、街は静まりかえっています。
――といっても、エースさんはどこにいるのやら。
夜の街で私はさっそく困っていました。
エースさんは、たいそうな放浪癖だと聞いています。
真夜中に闇雲に捜して見つかるのやら。
――とにかく、頑張って捜すしかないですね。
夜は危険ですが、時間帯はコロコロ変わるから大丈夫でしょう。
とりあえず時計塔に行ってみて……と思ったとき。

「あ、こいつ、二番目の余所者じゃねえ?」
「へえ……青い方に比べて地味だな」
「夜中にうろつくもんじゃねえぜ」
柄の悪そうな若い男性たちに囲まれました。
前述の通り、人通りがございません。
「どうする?どうせヒマだしな」
「嬢ちゃん、俺たちと遊ぼうぜ」
「大人の遊びとか、な」
男性たちは顔を見合わせて、下卑た笑い声を上げる。
……時間帯が変わる前に、凄まじく危険なことになりました。


「い、いえ、その、あの……」
アリス姉さんならこんなとき、毅然と立ち向かいます。それに余所者の私たちの背後
には十二人の役持ちがついており、手を出したらタダではすみません。
整然とそういう事実を述べればいいのですが……。
「え、ええと……」
最初から負けてる雰囲気はすぐ伝わったようです。男性たちはニヤニヤ笑い、
「へえ。青い方と比べて大人しいじゃねえか。震えちゃって、可愛いなあ」
……よからぬ考えを抱く男性にとっての『可愛い』という意味でしょう。
私が抗議らしい抗議をしないと知ると、男性たちは途端に距離をつめてきました。
馴れ馴れしく肩や頭に触れてきます。でもちっとも嬉しくありません。
「そう怯えるなよ、取って食ったりしねえって」
いや、食うつもりでしょう!!
……ヤバいヤバいヤバい。会話がどんどん危険な方向に流れるのに、悲鳴一つ出て
きません。そして、やはり人通りは皆無です。
「それじゃあ、そこの路地裏で適当に……」
と思うと、腕をガシッとつかまれ、強引に歩かされます。
あざが出来そうな強さで、とても振りはらえません。
――大声!口をふさがれる前に大音量の声を出すんですよ!
しかし全身の勇気を振り絞って出たのは、かすれるような声でした。
「は、は、離して、下さい……っ!」
すると男性方は噴き出しました。そしてまじまじと月明かりの中の私を見、
「よく見ると本当に可愛いな。なあ、暴れなきゃ、殴ったりしねえよ」
「なあこの余所者、売るの止めて、俺らで飼わねえ?何か気に入ってきた」
……余所者はこの世界の住人から、たいそう好かれるそうです。
おかげで私の扱いは、次第にマイルドになってきました。
しかし男性方の目的には、ちりほどもブレがないようで。
「それじゃ、仲良くなった記念に、楽しませてもらうか」
「へへっ。俺ら無しじゃいられない身体にしてやるよ」
断じて仲良くなっていません!!あなた方のとこに行く気もありません!!
しかし路地裏は目の前で、私は怖くて助けを求めるに求められない状態でした。
――誰か……誰か助けて下さい!!


そして。実は申し訳ないことに、この直後、記憶が少々飛びます。


…………

「ええと……」
私はどう反応して良いやら分かりません。
「あははは。正義の騎士が間に合って良かったな。ナノ」
エースさんは紅にそまった剣を、倒れた男性の服でぬぐっていました。

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