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■アリス姉さんとエリオットさん

「それじゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃーい」
他の領土にお手伝いに行かれるアリス姉さん。
私は玄関で手を振ってエプロンドレスが遠ざかるのを見送ります。
そして静かに扉を閉め、
「さて……」
アリス姉さんがお手伝いに行かれるときは、私が家の中のことを頑張りませんと。
壁にかけたキンガムチェック地のエプロンを取り、戦闘準備完了。
日のさす家の中で、戦いを始めました。

…………

扉がノックされ、お皿を洗っていた私は顔をあげます。
「はい、いますよー」
笑顔で応え、いそいそと玄関へ。
また誰かが生活必需品なり、食品なりをお届けに来て下さったのでしょうか。

私たちは異世界の出で、二人暮らし。
しかもここは銃弾飛び交う物騒な世界。
少女だけで生きていくには、多少厳しいものがあります。
なのでアリス姉さんは悩んで、最低限のものだけ受け取っていました。
もちろん、いずれは施し無しでやっていくのが目標ですが。
――『宝石類や現金は絶対ダメ!食べ物も高級品や多すぎる量はお断りしてね』
アリス姉さんに言われたことを心の中で復唱し、エプロンをしたまま、扉を開けました。
「あ、エリオットさん!」
「よ、ナノ」
立っていたのは、ただでさえ高身長に、ウサギ耳が加算された三月ウサギさん。
大きな包みを抱えた彼は、私を見下ろし、人懐こい顔でニッと笑います。
そしてエリオットさんは期待をこめた顔で室内に視線を走らせ、
「アリスは?」
ガッカリさせるのが申し訳ないですが、私は真実を告げます。
「遊園地にお手伝いに行きましたよ」
「そっか……」
あ、すぐに耳が垂れました。可愛いですなあ。
エリオットさんは私の頭を撫で、大きな包みを持って室内に入っていきます。
「二人だけだと大変だろ?また持ってきたぜ」
私もエリオットさんの後からついていき、
「オレンジのものは足りていますよ」
いちおう、釘を刺しますが、
「遠慮するなって!」
エリオットさんはテーブルに行き、大きな大きな包みをドンと置きます。
そして中から、
「これが産地直送ニンジン、屋敷で作ったニンジンブレッド三斤、ニンジンスープの
缶に、キャロットミックスジュース1ダース、こっちの箱はニンジンケーキ。
あと缶を開ければ膨らむ防災用ニンジンマフィン……」
「…………」
絶望する私の前で、ニンジンのお仲間どもが、次から次に取り出されていきます。
……というか、どう見ても紙袋の最大積載量を超えていると思うのですが。


「あと……これ、アリスに渡しといてくれよ」
最後にエリオットさんは、照れたように、私に何か差し出します。
大きな手の中にあったのは、手作りと思われるブレスレット。
シルバーのチェインと多少のガラス玉、そしてクリスタルっぽいニンジンチャーム。
一見、素朴な作品ですが、メインであるチャームは……クリスタルじゃない。
「エリオットさん。宝石類はお断りするよう、アリス姉さんから言われています」
税関の職員のごとく、私は冷酷に告げます。
「そんなこと言わねえでくれよ!な、ガラス玉だと思ったって、適当に言ってさ!」
エリオットさんは拝むように私に懇願します。
アリス姉さんはみんなの憧れです。最近はどこの領土に入り浸りだ、どこの役持ちと
デートしたらしい……という噂に皆さん、平静ではいられないようです。
良い言い方ではないのですが、点数を稼ぎたい方は尽きません。
「特定の方に過度な贈り物をされては、アリス姉さんが困ってしまいます」
見上げるようにデカいエリオットさんに告げます。
「…………」
するとエリオットさんは、急に声を低くして、
「なあナノ。あんたさ、いろいろ買いたいものとかあるだろ?」
私は少し沈黙し、
「ゼロとはもうしませんが……」
するとエリオットさん。私の手を取ると、急いで何かを押しつけます。
手の中にある感触は……紙類。
私は周囲を確認しつつ、それをこっそりポケットにしまい、ブレスレットを見ます。
そしてニッコリ笑い、
「ガラス製のきれいなブレスレットですよね。
アリス姉さんもさぞお喜びになるでしょう」
「ああ、頑張って作ったからな!」
そしてマフィアと、二人目の余所者の間に、ドス黒い笑みが交わされたのでした。

…………

帰ってきたアリス姉さん、案の定、ブレスレットの価値に気づきました。
「ナノの馬鹿馬鹿!このチャーム、ガラスなんて大嘘よ、宝石じゃない!!
しかもこれ、すごく高いのよ!?」
アリス姉さんにポカポカ叩かれ、私はソファで身を縮めるフリをします。
「すみません、すみません。エリオットさんがそう仰るので……」
「困った子ねえ……」
アリス姉さん、ため息をつきました。
そして手の中にあるキラキラしたブレスレットを、苦悩するように見て、
「今さら突き返すわけにはいかないわよね、お礼を言いに行かないと……」
紳士の国でお育ちになった姉さんは、若き淑女なのです。
「アリス姉さん、つけてみて下さいよ」
私はニコニコして勧めます。
「こんなの、私なんかに似合わないわよ」
と言いつつも、アリス姉さん、ブレスレットをつけます。
「……おきれいです。アリス姉さん。大変に!」
マフィア2のチョイスに、外れはありませんでした。
「ナノ、褒めすぎよ。やっぱり似合ってないわ」
困ったように言いながらも、ブレスレットをなでるアリス姉さん。
「……ところで、ナノ、さっきから食べてるそれ、何?」
「どら焼きですよ。私の国のお菓子なんですが、食べてみます?」
袖の下で購入した和菓子に話は移り、私たちの夜は過ぎていきます。
そして、エリオットさんの好意が少しでもアリス姉さんに伝わったことを、ちょっと
嬉しく思った私でした。


5/5

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