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■騎士と塔と小瓶4

……その後のドタバタは割愛します。

「なるほど。災難だったな、カイ」
書斎の机で、ブラッドさんは難しい顔をされる。
今、私は帽子屋屋敷のブラッドさんのお部屋にいました。
エリオットさんも後ろに控えています、
でもディーとダムはいません。お部屋で謹慎中です。見張りはいませんが、自分たち
から部屋を出ることはないだろう、とエリオットさんは仰っていました。
「さて、カイ。君の今後だが……」
ブラッドさんは言いました。
エリオットさんの状況説明、使用人さんたちの証言。
そして時計塔通いで、多少は上達した私の筆談。
それらを総合し、聡明なボスはだいたいの状況を把握されたようです。
「しばらく屋敷から離れるといいだろう」
ボスの下した判断は、実にシンプルなものでした。
「簡単なすれ違いだが、すぐの修復は難しい。同じ屋敷にいれば君には生命の危険が
ある。それに門番たちも、冷静になる時間が必要だ」
話はそれで終わりだ、と言わんばかりに椅子にもたれる。
その表情は全く読めません。すると後ろから、
「カイ。あんたの短期滞在先は、もう手配してある。行こうぜ」
腹心の方の準備は完璧でした。
エリオットさんはいつの間にやら、旅行カバンを片手にお持ちです。
すぐの出発のようでした。
エリオットさんはさっさと扉へ向かう。私も肩を落とし、従いました。
「カイ」
ブラッドさんに呼び止められ、立ち止まって振り向きました。
「あの子たちは子供だ」
私はうなずきました。だからこそ、察するのも待つのも難しいのです。
だけど、子供なだけに思い込みも強固でしょう。本当に修復がかなうのか。
「君には君の事情もある。我々は見守るだけだ。
だがもし、どうしても歩み寄りが難しいのであれば……」
ブラッドさんは私を見る。
いえ、私ではなく、私の服を。服のポケットのあたりを。
「心に従う選択肢も、ありえるだろう」
ブラッドさんが、なぜご存じなのかは謎です。
ですがボスの視線の先には、ポケットに入れたハートの小瓶がありました。中身を
足した覚えもないのに、今はこれ以上入りきらないほど、液体がいっぱいです。
私はどこか心細くなって、小瓶の入ったポケットを押さえました。
「カイ。行こうぜ。もう迎えが来てる頃だ」
エリオットさんが促すように、優しく言ってくれました。
私もうなずき、ブラッドさんに頭を下げ、背を向けました。


屋敷の門についたとき、もちろん双子の姿はありませんでした。
ですが意外なことに、多くの使用人さんが、見送りに来てくれていました。
「お嬢さま、早く帰って来て下さいね〜」
「またのんびりお昼寝して下さいよ〜」
「あたしたちも門番さんたちを説得しますから〜」
何をどう説得するかは謎ですが……ともかく、無為徒食であったというのに、私の
存在はこの屋敷に受け入れていただいていたようです。
じわっと目に涙がこみあげそうになりました。
「ほら、カイ」
エリオットさんが私の肩を押して、使用人さんたちの輪から抜けさせる。
それから旅行カバンを私に持たせて、門の方に押しました。

そこには、見たことのない男性が立っていました。
「……どうも」
この世界には珍しい、まともな服装の人です。
……いえ、まともじゃあないか。よく見ると全身にナイフ武装をされてますし。
「こいつは『トカゲ』だ。クローバーの塔まで案内してくれる」
――え?エリオットさん、一緒に行って下さるんじゃ!?
途端に人見知りセンサーがアラームを鳴らし、内心焦りました。
「悪い。ついててやりたいが、ガキどもが謹慎中だから、屋敷の守りが心配なんだ」
あ……すみません。こちらこそ、自分のことばっかり。
赤くなる私をよそに、エリオットさんは『トカゲ』さんとやらを指さし、
「あいつは大丈夫だ。昔はともかく、今は女を襲う奴じゃないからよ」
……本人の前で、露骨なことを大声で仰る。
もちろん『トカゲ』さんは憮然とした顔で抗議しかけ……でも止めて私に向き直る。
「グレイ=リングマークだ。塔まで、君の護衛をする。よろしく」
と、端整な顔で、やわらかく私に微笑みかけました。
そしてスマートな仕草で、スッと私の旅行カバンを持って下さいました。
うわあ、大人の人ですねえ。私はあわてて頭を下げます。私が無口だというのは、
トカゲ……グレイさんもご存じなのか、彼はうなずいただけでした。
「それじゃあな、カイ。ゆっくり休んできてくれ」
と、エリオットさんに、私は背中をポンと押されました。
「それじゃ、行こうか」
グレイさんも歩き出します。私はあわてて門の敷居をまたぎ、後に続きました。

「お嬢さまー!」
「早く帰ってきて下さいねー!」
私も、屋敷を何度も振り向き、見送りの人に手を振ります。
それはいいのですが……なんか長期間いなくなるみたいなノリですね。
――いったい、私はいつまで、その『塔』とやらにいればいいんですか?
もう一度振り返ったとき、表情に出ていたのでしょう。
「帰る時機は、あんたが決めろー!」
エリオットさんが手を振りながら、遠くから大声で言いました。
そして道を曲がり、お屋敷は見えなくなってしまいました。
期間は決めてない。まあ……それも、そうですね。
はたから見れば、私は双子とちょっと痴話ゲンカ(?)をしただけ。
冷却期間を置くため、塔に行くのですから。

――今度こそちゃんとしませんと。
グレイさんについて歩きながら考えます。
今、帰っても、私は二人に切り刻まれるだけでしょう。
私の方も大人にならないと。
二人に、ちゃんと自分の口で『好き』だと伝えないと。

……ポケットの中の小瓶が、また重さを増した気がしました。

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