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■騎士と塔と小瓶2

夕暮れの森の奥。私は正義の騎士によって、草むらに押し倒されていました。
「俺を慰めてくれよ、カイ。優しくするからさ……」
騎士は薄ら笑いで、寒いことを言ってくる。
そして、ボタンを全て外したシャツをはだけ、私の胸に直に触れようとする。
――……いや……っ!!
今度こそ全身全霊の嫌悪に叫びそうになった。
でも声が出せない。四肢が凍りついたように動かない。
そしてそのとき、また思う。

――本当に私は声が出せない?

エースの態度には、なぜか『八つ当たり』という言葉が頭に浮かぶ。
根拠は分からないけど、不思議の国に来てから、それなりに醸成された直感みたいな
ものです。つまり、『エースは、実は本気で私を襲うつもりはないのでは?』と。
ここまでしておいて?とも思うのですが。
焦らすように見せかけ、性急に事を進めない。
まるで何かを待っているような錯覚すら覚える。
「カイ……」
儚い希望をかき消すように、エースがもう一度私にキスをする。
――ん……。
舌をねぶられ、下着越しに身体をまさぐられ、それでも私は声を出さない。
何となく待ってもらっている気がするのに、100%の確信が持てない。
ゆえに行動に移せない。
そして。
エースはゆっくりと顔を離し、哀れむような目で私を見下ろした。
「……やっぱり、ダメ?」
それがどういう意味なのか。よく分からない。
私はやはり凍りついたままです。多分、恐怖で。
そんな私に、エースはフッと笑う。
「まあ、それならそれでいいけどさ。実は結構、脈があったとか?
なら俺も好きだし、いいよな。ちゃんと責任は取るし。な?カイ?」
どこか嬉しそうに言って、今度こそ私の下着に手をかける。だけど動けない。
――やっぱりダメですよ……抵抗出来るわけないじゃないですか。
男の人だし、森の中だし、ディーとダムを叩きのめすような人だし……。
前はディーとダムのことを考えれば、それだけで勇気が出たのに。
私はあきらめて目を閉じ、流されようとした。そのとき、

「ん?何だ、これ?」
エースの声が、ふと素に戻っていた。
――?
私も目を開ける。
すると、エースが何かを持っていた。
服を緩めているうちに見つけたのだろう。
ハートの小瓶が、彼の手の中にあった。
エースは行為を中断し、不思議そうにそれを持ち上げ、眺める。
夕暮れのほの暗い光の中にも、それは陰鬱に輝いていた。
「何、これ。香水にしては、濁ってるし……」
中身は、ほとんど一杯になりかけていた。
エースは魅入られたように、それを光にすかしていた。
でも気を取り直したのか、あられもない格好の私を見、小瓶を戻す。
「ごめん、ごめん。君をなおざりにするつもりじゃなかったんだ」
なおざりにしてくれて、良かったのですが。
そしてエースは、ちゅっと私の額にキスをした。
さながら本当の恋人のように愛おしげに笑い……いえ、表面上だけですが、
「それじゃ、愛し合うか」
と、今度という今度こそ、私の下着に手をかけた。

『カイっ!!』

そのとき、森のしげみを割って、怒りに燃えたエリオットさん、使用人さん、そして
包帯を巻き、ややよろめきながらも、大人のディーとダムが現れた。

「やれやれ。人の恋路を邪魔するもんじゃないぜ?」
エースは、まるで予測していたかのように立ち上がりました。
「カイ!」
「お嬢さま……なんてひどい……!」
帽子屋屋敷の皆さんは半脱ぎの私を見、嫌悪と憎悪に顔を染めます。
「この男のクズが……!!」
エリオットさんが銃を取り出すなり、何発か撃ちます。
「あははは、マフィアがそんなこと言うんだ」
エースは軽やかに避け、それでもまだ逃げません。
「カイとのことは合意だぜ?君たちが来たときも抵抗してなかっただろ?
『助けてー!』とか一言も言わなかったし」
……明らかに、悪意ある故意の発言です。
「どの口がほざきやがるっ!!」
エリオットさんは間髪入れず、さらに銃を放つ。他の使用人さんも続きます。
耳に痛いほどの音が少しだけ続きました。
でもエースは全ての銃弾を避けました。多勢に無勢なのに、どこか余裕の顔です。
「それじゃ、カイ!続きは後でな!」
不吉なことを言い残し、どこぞのウサギさんのごとく、エースは逃げました。
「待ちやがれ!!」
憤怒の顔のエリオットさんが後を追い、走り出します。
「エリオット様〜!」
「俺たちも〜!」
使用人さんたちが上司に続こうとしますが、エリオットさんは振り向きました。
「おまえたちはカイを見てやれ、手負いのガキどもだけじゃ危ねえ!」
部下に命令し、再び走って茂みの奥に消えます。

『お嬢さま!』
残った使用人さんたちが私に駆け寄り、半裸の私に、上着をかけて下さいました。
とりあえず身体が隠され、凍りついていた私もちょっとだけ安心します。
「怖い思いをされましたね〜」
「もう大丈夫ですよ〜」
――た、助かりました……。
そして一気に力が抜け、身体がガクガク震え出す。
「おかわいそうに、カイ様〜」
「お怪我はなさってませんか?本当に良かったです〜」
私をいたわって、皆さん、頭を撫でて下さいました。
――でも、皆さん、何だってここに?
「エリオット様が異変に気づいて、みんなで必死に追いかけてきたんです〜」
使用人さんたちが説明してくれました。
私も涙ぐみながら、何度もうなずきました。
怖かった……知人だと思っていた人の豹変が、本当に怖かったです。
――ディー、ダム……。
さらなる安心を求め、私は保護者を求める子供のように、恋人たちを目で捜します。
二人がそばにいて、手をギュッと握ってくれていたら、恐怖が少しでも早く遠のく
気がしたのです。しかし、

――ディー、ダム……?

「さ、お屋敷に帰りましょう、お嬢さま〜」
「お夕食にしましょう〜たくさん召し上がって下さいね〜」
使用人さんたちが私を励ましながら、立たせようとしてくれたとき、

「カイお姉さん」
「三人だけで話があるんだけど。いい?」

双子が、どこかよそよそしい声で私に言いました。

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