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■連れていかれまして

前の国でのこと。
英語圏(?)の世界で、書くことが困難な私は、『引っ越し』が起こる前、書き方を
習いによく時計塔に通っていました。
時計塔には、主の友人たるエースがいることも多かったです。
引っ込み思案の私は、なぜかエースに気に入られ、時計塔などで会ったときには、
デートだの旅だの何かしら誘いを受けていました。
たいていは強引に引きずられる前に、ユリウスさんが間に入ってくれたのですが。

…………

そして今、私の大切な双子が、無残に地面に倒れています。
――ディー、ダム……しっかりして下さい!!
緊急事態に応急処置も頭から吹っ飛び、私は二人の前でうろたえていました。
そして、すぐそこ、門の外のエースは罪悪感など一片もない様子で笑っています。
「あははは。カイ、そんなに顔するなよ。たかが鍛錬だろ?」
鍛錬?子供が、起き上がれないんですよ?
二人は青い顔で、額に汗が少し浮かんでいます。
まだ立ち上がれないところから見て、最悪、どこか折れているのかもしれません。
――二人とも、しっかり……っ!
オロオロしていると、暖かいものが手を包みました。
ディーです。私の手を握り、激痛に苛まれているであろうに、笑いかけてくれます。
「お姉さん……大丈夫だから……」
ダムも何とか上半身だけ起こし、私のもう一方の手を握ります。
「恋人に、心配かけたりしないよ……やられたフリ、してるだけだよ……」
「兄弟の言うとおりだよ、お姉さん。僕らは強いんだから……泣かないで……」
――え?
目に意識をやると、視界がボヤけています。
少なからぬ水滴が指からしたたり落ちているところでした。
――ち、違う!違います!
二人の手を離し、慌てて目元を拭きました。
私はディーとダムのことを信用しています!
二人より大人なのに、泣くほど心配するわけないじゃないですか!
でも、一度自覚すると、涙がもっとポロポロこぼれてしまいます。
「カイお姉さん」
「本当に、平気だから……」
双子はそんな私を困ったように見上げていました。
「うーん。鍛錬につきあっただけなのに、俺って悪役っぽいよなあ……」
いけしゃあしゃあと言うのはエース。
――子供相手にここまですることはないじゃないですか!
私は涙を無理やりふき、立ち上がると、エースの前に行き、キッと睨みます。
別に何かしようと思ったわけじゃないですが、カイさん、怒りにかられまして。
私たちの間は、敷居が隔てているだけで、距離はほとんどありません。
そんな私をエースは見下ろし、何か気づいた様子で、
「あれ?カイ。ちょっと色っぽくなった?何かきれいになったね」
……こんなときに口説くとか、空気読めてないなあ。
まあ、こんな世界だし、エースに限ったこっちゃないですが。
しかしさすがハートの騎士というか、彼は全くケガもしておらず、いつも通りです。
――いつも通り……?
自分の言葉に違和感を覚え、つい、まじまじとエースを見る。
いつもの笑顔、いつものボロコート、いつも……いえ、いつも以上の強さ。
なのに何か違う感じが。何というか前に見たときより陰がある気がするのです。
どう表現すれば良いやら分かりませんが、何というか……。
「馬鹿騎士、いったい、どうしたんだよ」
「そんなに苛ついちゃってさ。さっさと帰れよ!」
あ。ダム。ビンゴです。そうそう、何かすごく苛々しているような……。
――え。
何ソレ、改めて考えると、すっごくヤバくないですか?
慌てて、ずざざざざと安全地帯の敷地奥深くまで下がろうとして。
そのとき思わず動かした手が、手首ほどまで、敷居の向こうに出ました。
「おっと」
――っ!!

その手首をつかまれたかと思うと、ぐいっと引っ張られました。

――え……っ!?
気がつくと、私の両足は門の外。身体はエースの腕の中にありました。
――え?ええ?
一瞬、状況を把握出来なかった私に比べ、双子は即座に反応します。
「……っ!!迷子騎士!何するんだよ!」
「お姉さんは関係ないだろ!!返せよ!!」
ディーとダムは怒りに顔を赤くし、よろめきながら、立ち上がろうとします。
「あははは。なあなあカイ。俺って悪役?悪役だよな?」
楽しそうですね、エース。
しかも楽しそうと言いましても、前向きな意味での『楽しそう』ではなく、いじめを
するときみたいな、陰湿な『楽しそう』なんです……。
「カイ。マフィアの屋敷に住むのなんか止めて、俺と旅に出ようぜ」
――いいえ、旅ならお一人でどうぞ!
首を振ります。でも、
「そっかそっか。一緒に来てくれるなんて嬉しいぜ。
俺も君がいてくれたら、きっと退屈しない」
そう言って、私を片腕に抱きしめたまま歩き出した。
――ちょっと……止めて下さい!!
叫ぼうとした。冗談じゃないです。
私の後ろでは、ディーとダムがまだ傷ついたままでいる。
放ってはおけないです。でも、エースは歩いて行きます。
小娘一人であらがえる力じゃないです。
「カイお姉さん……っ!!」
「お姉さんにひどいことしたら、許さないからなっ!!」
後ろからは、二人が搾り出すような憤怒の声を上げる。
でも、それも次第に遠ざかっていきました。
――離して……お願い……っ!!
必死に身をよじるけど、エースは構わず、笑顔で歩いて行く。

その笑顔に、なぜか『八つ当たり』という言葉が浮かびました。

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