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■追いかけられまして・上

はあ、はあ、はあ……。
息が乱れます。汗がこぼれます。
私は人の気配のない路地裏を必死で走っています。
後ろからは、

「お姉さん、待って!」
「待ってってば、どうして逃げるの!?」

どうして逃げるのかと聞く、斧を持ったデカい黒スーツ二人組。
これで逃げない理由などありましょうか!!
××される!でなければ、ぐっちょんぐっちょんにスプラッタにされます!!
そういう死に方だけはしたくねえです!!
――…………。
やべえ。ディー、ダムとの初対面時の悪夢が蘇ってきました。
あのときは門の前ゆえ、ブラッドさんに助けていただけましたが、今は路地裏。
ゆえに生存確率は低いでしょう。
むしろ最悪のケースとして考えられるのが、××された後にスプラッタ。
――いやあああっ!!
叫ぼうにも、声帯の使用に慣れていない身では、ろくに悲鳴も出せず。
やみくもに走ってみるものの、路地裏は複雑で、迷路のように広がっています。
表通りに出るに出られません。いえ、例え出たとして誰か守ってくれるのか。

「捕まえたっ!!」
「鬼ごっこは終わりだよ、お姉さん!」
――……っ!!
そしてついに、腕を引っ張られ、斧を持った二人組に捕まってしまいました……。

――止めて下さいっ!!
言うまでもなく、女性として最大の危機です。
恐怖で声は出せませんが、私は出来るだけもがき、暴れました。
「お姉さん、危ないよ」
「暴れないで、落ちついて!」
……案の定、歯がたちませんで。
長髪さんに両手首をつかまれ、壁に押しつけられました。
何十回曲がったか分からない路地裏は、暗く狭い場所。
ところどころ崩れた壁が、高く冷たくそびえ、青すぎる青空はその向こう。
周囲の家屋にも人の住んでる気配はなく、素人の私にも、このあたりに誰もいないと
分かります。冷たい汗が頬を流れました。

さてマフィアっぽい人たちに捕らえられた清純(ではないですか……)な少女。
この後どうなるんですか!売られるんですか!××されるんですか!!
いやあぁっ!私の身体をどうこうしていいのは、ディーとダムだけなんです!!
「お姉さん、どうしちゃったの?僕らを見て逃げるし、涙目だよね」
ヘアピンの方が不思議そうに、脇からのぞきこみます。
長髪の方も、私の両手首を押さえつけながら、しげしげと私を眺め、
「うーん。でもさ、涙ぐんでるお姉さんも……」
そして二人して顔を合わせ、
『……可愛いよね』
ニヤリ。
『邪悪』という形容詞がよーく似合います。
長髪の方がやっと、片方の手首を離して下さいました。
が、この状況下では片手が自由になったところで何一つ助けになりませんで。
「ねえ、お姉さん?どうしたらもっと泣いてくれる?」
指で私のあごを持ち上げ、まじまじと顔をのぞきこみます。
――ひ……っ!
ビクッとしました。ですが、無理に顔を上げさせられ、長髪の人の青い瞳を……。

――……あれ?

そのとき、この初対面の方の目に、何やら既視感を覚えました。
デジャヴを追及すべく、長髪の方の目を見ようとすると、
「お姉さん!兄弟と見つめ合わないでよ」
――わっ!
横からヘアピンの方が、今度は自分の方に私を引き寄せました。
「邪魔するなよ、兄弟!!」
長髪の方が抗議しましたが、ヘアピンの方は聞いておりません。
「まあ泣きそうなお姉さんも良いけどね」
良いんですか。
――……わっ!!
突然、ギューッと抱きしめられました。
「お姉さん……小さい。すごく小さくて、可愛いっ!!」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに。ヘアピンの人が、私に微笑みかけます。
――……っ!!

その笑顔を見たとき、なぜか胸がドキーッと激しく高鳴りました。

そして後ろからも、
「お姉さん。僕のことも忘れてないよね?」
長髪の方が後ろから抱きしめてきます。
こ、これはサンドイッチ!?押しくらまんじゅうの季節でもないのに……というか、
暖房完備の当世、押しくらまんじゅうで遊ぶ子供なんて絶滅危惧種では?
――い、いえ、現実逃避するな!しっかりしなさい、カイ!!
けど前から後ろから抱きしめられ、身動きが全然取れません。
そして……そして……っ!!
「お姉さん。心臓の音、すごく大きい」
「それに早いね。どうしたの?」

なぜか……なぜか分かりませんが、ドキドキして仕方ないです。
うう、も、もしや心臓の血管になにがしかの異常が!?

マフィアっぽいお兄さん二人に、ひとけのない路地裏に追いつめられているという
超デンジャラスなシーンなのになにゆえドキドキと……これが吊り橋効果ですか!?
私は色んな意味で指一本動かせず、凍りついたように挟まれていました。

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