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■引っ越しまして・下

「ずっとあの子たちのそばに、いたいです」

かすれ声で言うと、夢魔さんは嬉しそうに何度もうなずかれます。
「ああ、そうとも!いつまでもいるといい!」
そしてふと真顔になり、
「それに、ここは君が望まれる世界だ。
あの二人と切れたって、君の恋人になりたい男はごまんといるさ」
――…………。
ヤっベえ。忌まわしい赤いコートの影がちらついてきました。
やっと忘れかけたっつうのに。
「……ま、まあ頑張れ。応援しているよ」
不穏な気配を感じ取ったか、目をそらしつつ励ます夢魔さん。
あまり励まされた感じがいたしませんが。
「ゴホン……!そ、それより私は、伝えたいことがあって、君の夢に来たんだ」
はて。私に伝えたいこと?
そしてハッとする。
――ま、まさかディーとダムに何か!?
た、たた、たたたた大変ですっ!!夢なんて見ている場合じゃないですっ!!
――消毒薬!傷口に消毒薬をぶちまけないと!!
立ち上がり、夢の中で大慌てする私に、
「お、落ち着けカイ!門番たちのこととは言っていないだろう!?
二人は無事だ!というか、その応急処置はすごく危険だからな!!」
と、夢魔さんの声。
意味もなくドタバタ走っていた私も、我に返りました。
二人に何もないのなら、騒ぐことは何もありません。
――はてはて。それではわたくしに何用で?
腕組みし、首を傾げますと、今度は夢魔さんがハッとした顔になり、
「あ……すまない。目覚める時間のようだ。後でまた会おう。カイ」
――え?そんないきなり!
「本当にすまないな、カイ。『向こう』で待っているからな」
えーと会話が混乱しますから、核心をボカす話し方は止めていただきたいのですが。
「それじゃあなー。カイ!」
……お話し出来るようになって嬉しいです、と私は手をひらひら振る。
かくして、ナイトメアさんも微笑んで去っていかれました。
そして夢の空間がじょじょに薄れてきました。
目覚める場所は、二人に連れ込まれた宿でしょう。
――お屋敷に戻ったら、あの二人を叱ってあげませんと。
子供はしつけが肝心!
お姉さん、今度こそ舐められてるつもりはないですからね!
……多分。

…………


「…………」
私はひたすら周囲の空間を凝視しています。
あれからお宿で目覚めて。そして、お屋敷に帰ろうと思ったのですが……。
通りすぎる人は『なんだ?』という目で挙動不審な私を眺め、去っていかれます。
私は伏し目がちな目を大きく丸くし、ただただ混乱していました。

……時計塔がなくなり、でっけえ塔が目の前に建っていました。

――ユリウス、さん……?

この世界に残ると決めた私は、いただいたテキスト片手に、ときどきユリウスさんの
ところに通わせていただいてました。珈琲を淹れていただき、雑談に花をさかせ、
なぜか私を気に入ったと言うエースから逃げ回り、楽しい時間を過ごしていました。
……楽しい時間じゃない項目も混じっていた気もしますが。

汗をかきつつ、周囲を確認しますと、ハートの城が遠目に見えました。

――ペーターさんは大丈夫みたいですね。

一時期お城に滞在させていただき、その際は女王さまとモメました。
ですが、舞踏会では何もなかったし、ペーターさんも普通に会いに来て下さったので
恐らくうやむやになったのではと推測。
宰相閣下には雑用係として雇用され、大変コキ使わ……勉強させていただきました。
そのうちちゃんとご挨拶に行きたいものです。

――ボリスさんにゴーランドさんは……。

どれだけ背伸びしても、遠くからでも目立つはずの遊園地は、見えません。
ディーとダムはボリスさんの友達。
私がこの世界に残ると決めてからも、遊園地とは親しくおつきあいさせていただき、
よくボリスさんとディーとダムで遊んだものです。

――……て、そうですよ、ディーとダム!!

ユリウスさんやボリスさん、ゴーランドさんも気になるけど、何よりあの二人です。
幸い、ちょっと振り向いたらすぐ帽子屋屋敷は視界に入りました。
時計塔や遊園地の探索は、申し訳ないけど後にします。
二人は子供、それに危険なお仕事に出かけたんです。
早く二人を捜さないと……。

二人のことを考え、フリーズからようやく身体が動くようになりました。
カイさん、二人の探索をすべく、猛ダッシュを開始しようと――。

『お姉さん!』

――ディー?ダム!?

嬉しそうな声が後ろから聞こえ、思わず振り向きました。
あー、良かった。無事で良かったぁー!
そして、振り向いたまま、私は凍りつきました。

――…………?

「お姉さん、起きたの?身体、大丈夫?無理させちゃってごめんね」
「お仕事ちゃんと終わらせてきたよ。偉い?ねえ、褒めて褒めて!」

言動は普段の二人そのもの。しかしその言葉を吐いているのは……。

「お姉さん、どうしたの?ポカンとしちゃって」
「レアなお姉さんだね。そんなお姉さんも可愛いけど」
クスクス笑う、長身の黒スーツ二人組。
一方は髪にヘアピン、もう一方は後ろで髪を縛っています。
そしてなぜか馴れ馴れしく私の頭を撫でてきます。
何?何?誰ですか、こいつら。こんな大人は知りませんがな。
「あれ?兄弟。お姉さん、何か小さくなってない?」
「本当だ。小さくなって可愛くなったような。お姉さん、触ってみていい?」
と、私の身体に手を伸ばしてきました……。

――…………っ!!

『あ、お姉さん!!』

ダッシュ!猛ダッシュ!指先までピンと立てて走ります。
通行人をなぎ倒し、木箱をハードルの要領でジャンプ、砂煙を立てて着地し90度の
方向転換、路地裏へストレート!!

『お姉さん!?』
なぜか、戸惑ったような不審者二人の声はみるみる後ろへ遠ざかります。

怖ー!超こわー!!何なんですか、あの二人は!!
ナンパ?痴漢?格好もおっかなかったし、凶悪犯罪者に相違ないでしょう。
あんな恐ろしい大人には二度と会いたくないもんです。
早くディーとダムを見つけて帽子屋屋敷に戻りませんと。

私はワケの分からないことになった世界を、ひたすらに走りました。

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