続き→ トップへ 目次に戻る ■引っ越しまして・上 夕暮れの花畑を三人で走る。 「お姉さん、こっちこっち!」 「早くしないと置いていくよ!」 微笑み、息せき切って走る。 風が吹く、花びらが飛ぶ、あかね色の雲がなびく。 いつまでも続いていてほしい、美しすぎる夕焼け。 寝るのも好きだけど、三人で遊ぶのも大好き。 私に捕まえさせようと、わざとゆっくり走る二人も、全力で私から逃げる二人も。 私はカイ。日本から来た余所者。 今はこの世界が私の家。 いつまでも走っていたいと思うくらい……この二人が大好きです。 三人一緒に走っていたい。いつまでも、いつまでも。 ――脇腹が痛いっす。 ………… 嗚呼、運動不足。 花畑にぶっ倒れた私を、二人は手うちわで扇いで下さいました。 「お姉さん、疲れたなら無理しないで休んで大丈夫だからね」 「僕たちのことを無視して、花畑で寝込んで良かったんだよ?」 微妙な皮肉を感じるのは気のせいか。 (多分)年下とはいえ男の子。 しかも居候なわたくしと比べ、こちらは抗争にも出るマフィアの門番。 いかにカイさんが全力で走ろうと、いずれ力尽きるのは目に見えていました。 ううう、ファンタジー過ぎる不思議の国ですのに、不思議の国ですのに! ふてくされて、腕で顔を隠すようにうつぶせになりますと、 「カイお姉さん、悪戯していい?」 「カイお姉さん、触っていい?」 良いワケがありますか。しかし気遣いとは無縁の二人。 手負いの獣をいたぶるがごとく、ベタベタ触ってきます。 コラコラお尻を撫でるな、服の中に手を入れようとするな! しかしこの二人に抵抗しても無駄です。 私も苦笑して、ダムの膝に頭をのっけました。 「お姉さん、最近、甘えん坊だよね」 すぐ、嬉しそうに頭を撫でてくるダム。 「お姉さん!ずるいずるい!次は僕だからね!」 嬉しそうに……だから抱きついてお尻を撫でないで下さい、ディー。 夕暮れの涼風に子供の体温が、ちょうど良いです。 ダムにしがみつき、ディーにしがみつかれ、うとうとしていますと、 「ねえお姉さん。僕たちのこと、好き?」 私は微笑み、うなずきました。そして双子が、 「僕たちのこと、愛してる?」 …………。 うなずきました。 「……間があったね。兄弟」 「……笑顔じゃなかったよね、兄弟」 ――お、男が細かいことを! 慌てて起き上がろうとしましたが、膝枕をして下さるダムは私の頭をガッシリと 押さえ、身体をさわさわしていたディーは、上から私をホールドする体勢でして。 そして二人して、私をじーっとのぞきこんできます。 な、何やら額から冷たい汗が!! 「カイお姉さん。僕ら、お姉さんにもっと好きになって欲しいよ」 「お姉さん、僕らのどこが不満なの?僕ら、お姉さんのためなら何でもするよ?」 真剣な表情で訴えられます。 何かもう、久しぶりに声帯を動かし、何かしら返事をしないことには、解放して もらえないんじゃないか、というくらい真剣。 そして悲しげです。 ――そんなことないですよ、あなたたちのことは大好きです。 私は世界一、優しい笑顔でそう言おうとして、 「……子供に興味ないですし」 うん。まあ、割り切ろうとしても、毎度そこに行き着くんですよね。ハイ。 ………… ………… ――ああああああ!!! 私カイ。現在、頭を抱え『夢』の空間の中で悶えております。 あの後?『子供』にホテルに連れ込まれ、『ご奉仕』を強要されましたが何か? それから二人はお仕事に出かけ、疲れ果てた私は爆睡ですよ!それが何か!? ……自分の質問に、自分で逆ギレ気味に答えてみたり。 あの二人の無邪気さと、大人顔負けの××さに戸惑うばかりです。 ――だからこそ、もっと強く出ないといけないのに……。 無口な私にも問題があります。このままでは流されるばかりです。 と、煩悶していますと、声がしました。 「まあ無口だからこそ、たまには、あのくらいの自己主張する方がいい」 夢の中を奇矯な格好の馬鹿が漂っていました。 ――どうもお久しぶりです、ナイトメアさん。 私はペコリと頭を下げます。 ですが夢魔さんはショックを受けたご様子です。 「き、奇矯な格好の馬鹿って……ひどすぎるぞ、カイ!!」 あ、言い間違いでした。『奇矯な格好の方』の方が正解でございます。 お詫びして訂正させていただきます。 「い、いや、他人を奇矯呼ばわりする時点で十分にだな……」 はあ。調子こいて申し訳ございません。 カイさん、夢空間に正しく正座し、三つ指ついて土下座をいたします。 「い、いや……そこまでされると……ゴホン」 と、ナイトメアさん、仕切り直しの咳払い。 ――ていうか、私の声をお聞きになれるんですか? 私が首をかしげますと、ナイトメアさんはやっと笑顔になられました。 「最近は聞こえるんだ。心を開いてくれたことを感謝するよ、カイ」 とびきりの優しい微笑み。 ――はあ、さいですか。 それはまあ、どうも。あんまり自覚はございませんが。 「この世界を選んでくれたことを嬉しく思うよ」 ナイトメアさん、夢の空間をふわふわ漂われます。 私は心の中で、そっと言葉をつむぎます。 ――ディーとダムのためですよ。 私は記憶喪失。ですが、元の世界で私は望まれていなかった。 これだけは間違いないと思うのです。 ――ディーとダムは私を真剣に欲し、愛してくれました。 それに押されたというか、流されたというか、ほだされたというか。 子供の情熱がどこまで続くか分かりません。 ですが、私に親切にして下さったこの世界、そしてこの世界の人たちには感謝しても しきれません。何よりも、何も持たない私を愛してくれた二人を。 「ずっとあの子たちのそばに、いたいです」 彼らは子供。いつかフラれ、捨てられるかもしれない。 それでも、二人が大人になる姿を見守っていたい。 完全な恋人になれないとしても、出来るだけ長くそばにいてあげたいと思うのです。 2/5 続き→ トップへ 目次に戻る |