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■選択・中

「さて……」
敬愛するボスに見下ろされ、私は、恩知らずと自覚しつつもビクッとする。
久しぶりに見るブラッドさんは、やはり整ったお顔です。
今は舞踏会仕様のようで、あの凄まじい帽子はお取りになり、男前がさらに男前に。
そのブラッドさんは少し肩をすくめ、
「やれやれ。少しくらいは、ねぎらいの言葉をいただけると期待したのだが」
言われてハッとする。そ、そうだ。苦しいところを助けていただいたんでした。
大慌てでペコペコと頭を上下運動させていると、苦笑する声。
「冗談だよ。顔を上げなさい、お嬢さん」
頭を優しく撫でられ、ホッとして顔を上げる。
でもブラッドさんは、放浪生活でくたびれた私の服を見、
「ふむ、君も着替えた方が良さそうだな」
と、パチッと指を鳴らす。
そして一度まばたきする間に、私は見事なドレス姿になっていました。

うわあ……何というか、どうも表現しづらいのですが、素敵なドレスです!
フワフワでキラキラで、エレガントでゴージャス。
お花のコサージュがとても可愛いです。
深紅の生地に宝石をあしらった、私にはもったいないくらい、素敵なドレスでした。
髪もセットされていてサラサラです。高いヒールの靴まで履かされていました。
……て、し、視界が微妙に高いっす!!あ、ちょっと足下ふらふらと!
そしてブラッドさんは上機嫌なご様子。
「よく似合っているよ、お嬢さん」
――あ、ブラッドさん。本当にどうもありがとうございます!
深々と90度の角度でお辞儀をすると、
「全く……君は門番たちにしか、しゃべってくれないようだな」
ブラッドさんは、腰に手をあてて、また苦笑されていました。
私は真っ赤になり、うつむくばかりでした。
「では、ダンスの練習をするか」
え?本当にするんですか?

…………

会場にはいよいよ人が集まり、ざわざわしています。
もうすぐ舞踏会が始まるようでした。
その一角で、私はブラッドさんとダンスの練習を……練習を……。
「……少し休もうか、お嬢さん」
ブラッドさんは笑顔ながら、やや疲れたお声でした。そして言いにくそうに、
「その、舞踏会ではあるし、ドレスにも着替えたのだから、ダンスのたしなみくらい
あっていいだろう。私は親切心からそう思っただけだ。他意はない」
そして私を見下ろし、
「だから、そう涙ぐんだ目で、震えながら相手をしないでほしいものだ。
その、何か私が君に対し、言葉に出来ない破廉恥な行為に及んでいるのではないかと
妖しい錯覚をしてしまいそうになる」
い、い、いえ!決してそんな、嫌がるなんてことは!!
……というか、何つう想像してんですか、ブラッドさん。
ただその……、失敗しないように、間違ってもボスの足を踏まないように!と気を
張って、その上にダンスのご教示があるから、何か頭がこんがらがっちゃって。
「まあ、基礎のステップは分かったな。どうせ門番たちも、ろくに踊れるわけでは
ないのだし、あとはお互いにフォローしなさい」
そう言ってブラッドさんは打ち切ってくれた。私も頭を下げて謝意を示します。
――……て、私がディーとダムと踊るとお思いで?
顔を上げ、首を傾げていると、ブラッドさんは表情を読まれたようでした。
「別にいいだろう。結婚式ではあるまいし、踊ってやるくらい」
女性慣れしてるご様子のボスは、青春の悩みに対し軽いご返答で。
――うーん。でもですねえ。
「うちの門番たちは、見かけ通りの子供ではない。それは君も知っているだろう?
嫌っているなら他の滞在地を探すといい。深入りするなら祝福しよう。
だが、いい友人でいたいのなら、道は困難だ。いや、君では不可能に近い」
――へ?
「他の大人なら君の頑張りにつきあってあげられるのだろうが、彼らは子供だ。
君もハッキリと決めてやるといい。互いのために」
突き放している風なことを言い、ボスは私の頭を撫でる。
「それでは、先に行っているよ」
そして私に背を向けました。
――……うーむ。
私は舞踏会会場の片隅に取り残され、一人迷う。
――いいお友達、ですか。
確かに、あの双子がそれで満足すると思えない。
私を好きになってくれたのは、そこらへんにいる子供じゃない。
人を斬って給料をもらっている双子の門番、ブラッディ・ツインズ。
――だけどあの子たちを捨てるのは……。
屋敷を二回ほど出て、結局戻ってしまった。
ディーとダムに会えると嬉しい。
双子だって、私に全力の好意を向け、私を喜ばせようといつも一生懸命。
だけど……だけど……。
――あううう……。
ディーとダムは、まっすぐに私だけを見てくれているのに。
――でも子供は……子供の壁だけは……あと二人だし!!
ここは譲れませんよ、お姉さん!!
さりとて拒絶を貫けない己の優柔不断さに凹み、頭を抱えてしまいます。
するとそこに、
「あははは。ドレス姿で頭を抱えちゃって。やっぱり君って面白い子だよな」
ポンと、頭に手を置かれ、心臓が飛び出るかと思いました。
「おい、あまり妙な行動を取るな。余所者だし、目をつけられるぞ」
――この声は……。
と思わず振り向くと、
「や!カイ!」
――……えーと、どちらのクラブにお勤めで?
としか言い様のない格好でした。白いスーツ姿のエース。
それと、ビシッと決まった格好のユリウスさんが立っています。
私はあわてて頭を下げ、
――あ。お久しぶりです。ユリウスさんも舞踏会に参加されるんですね。
「……だから、身振り手振りで会話をしようとするな。
私たちは、ルールの制約で、嫌でも催しに参加しなくてはいけないんだ」
――身振りをするなとはご冗談を。今はいただいたテキストもございませんし。
「あれは筆談を推奨するものではなく、書くことが不自由だと苦労するだろうと、
与えただけだ。おまえもちゃんと口があるんだ。不精せずにしゃべってみろ」
――そんなご無体な!それに最近は、前よりしゃべれるようになってるんです!
「それなら、まともにしゃべれ!いい加減、この世界に慣れろ!」
「……なんか、ちょっとだけ会話しちゃってるよな。ユリウスとカイ」
ちょっと微妙そうな表情のエース。
でもニッコリ笑って私の頭を撫でる。
「だけど、君の言ってることはちょっと分かるようになってきたぜ。
笑顔も表情も増えたしな。これも俺の愛のおかげだな!」

……ディー、ダム。お姉さん、帽子屋屋敷に帰りたいです。

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