続き→ トップへ 目次に戻る ■騎士の悪ふざけ・下 「面白い子だなあ。ひどい目に遭ってるのに、俺じゃなくて自分を責めるんだ」 そして嬉しそうに私の首筋に顔をうずめる。息が襟を揺らした。 「俺、やっぱり君が好きだなあ。俺のこと、こんなに怖がって怯えちゃって……」 私は必死に首を振る。 「可愛いな。好きなだけ可愛がってあげたいぜ」 でもエースは笑い、私の服のボタンを一つ外した。 ――ダメ……誰か……っ! そのとき、地面に放られた辞書が目に入った。 風でページをめくられ、開いたページにあった絵は、可愛い絵の男の子二人。 『twins(双子)』 ――っ!! 「うわっ!!……っ!!」 腰に回された手を振り払い、力が緩んだ隙に、左手を右手に添え……後ろへ!! むろん、大した打撃にはならなかったと思う。 でもエースはここまで来た私が反撃すると思ってなかったらしく、脇腹に強い肘鉄を 食らわすことには成功した。 「痛……っ!」 そして私はバッと這いつくばるように前のめりになってエースから離れる。 急いで地面の石を拾うと振り向きざま……。 「おっと!さすがに石は危ないって」 やっぱりダメですかー。 投げつけた石は、パシッと音を立て、あっさりエースの手袋がつかむ。 「結構、いい一撃だったぜ」 石を放り投げて立ち上がり、大して痛がる様子もなくエースは笑った。 ――…………っ! 必死の反撃が、ダメージゼロだったと気づき、勇気がみるみるしぼんでいく。 相変わらずここは一人では脱出出来ない山奥で、この場には騎士と少女が一人。 でも、私は地面の辞書と文法の本を拾い、エースを睨みつけた。 噛む、引っかく、蹴る。私に出来る反撃だってたくさんある。 ディーとダムはともかく、こんな最低男に私の身体を好きにさせない。 するとエースが剣を抜いた。 「拒んだり、俺に痛いことをしたりしたら、腕を一本切り落とすっていうのは? 目をえぐる、鼻をそぎ落とす。ああ、×を剥ぐっていうのもあるよな。あはは!」 ――……っ!! 反撃のツケが十倍、二十倍になって返ってくる。 最後の勇気までこそげ落とされ、今度こそ完全な恐怖に息が止まりそうになる。 すると、 「く……くく……は……ははははっ!!」 するとエースがやおら剣をしまい、低く笑う。 それはあっという間に爆発的な笑い……というか爆笑になる。 地面に転がって大笑いだ。 いきなりのことに、私は呆然として、どうしていいか分からなくなった。 「じ、冗談だって!仮にも騎士だぜ?好きな子にそんなこと、するわけないだろ?」 涙を流して、大受け。 冗談?どこからが?どこまでが? でもセクハラされた私は、もちろん冗談ですませられない。 去らない恐怖と、嘲笑された悔しさに唇をかんだ。 こんな人、大嫌いだ。憎悪はしても、絶対に好きになんかなったりしない。 私はユリウスさんにいただいた本を抱え直し、なお笑い続けるエースに背を向ける。 「あ、待ってくれよカイ!謝る!謝るって!土下座するからさ!」 誇り高い騎士が、と思うけど、本当にやりそうな雰囲気があるから怖い。 うーむ……騎士の土下座。頭を踏んだら、さぞかし気持ちがいいだろうなあ……。 ――い、いえいえいえ!そんな趣味ないですから!! ツッコミを入れたがる己の心を叱咤し、ついてくるエースを無視する。 「カイー!悪ふざけがすぎたよ。本当に謝るって! それに女の子が山奥を歩くのは、すごく危険なんだぜ! クマも出るし、夜は暗くて手元も見えない。崖に出ても気づかず、落ちちゃうぜ?」 いえ、以前にあなたと放浪したとき、昼間、普通に崖から落ちたような記憶が……。 私は行こうとしました。 しかし男と女の歩幅。悲しいかな、すぐにエースに追いつかれてしまう。 「カイ。怒らないでくれよ。何でもするからさ」 なおも無視しているとエースが勝手に、肩に手を回そうとしました。 私はバッとエースの手をはらいのけ……あ。また本が地面に落ちちゃった。 「あはは!ドン臭いなあ」 案の定、笑われる。うるさい、うるさい!!私はイライラと本を拾おうとして、 「あ、俺が拾ってあげるよ」 と一瞬の差で先に拾われた……でもエースに、すぐ返す気配はないです。 その場に立ち止まって、本をペラペラめくると、 「ふーん。ユリウス、本当に子ども向けのやつを選んだんだな」 エースはユリウスさんの友達と分かっているけど、エースに本を触られるのが嫌で 手を伸ばして取ろうとする。でもいじめっ子みたいに、エースが本を頭上に上げて 取るに取れないです。 「大丈夫、大丈夫、返してあげるって……語彙(ごい)も少ないよなあ」 胸を叩いて抗議する私を無視して、さらにペラペラめくりました。 「knight、King、knife……あ!」 そしてふいに嬉しそうな顔になり、 「はい、ごめんな。カイ。返してあげるよ」 と、やっと私の手元まで本を下ろす。 あーあ。ページを開いたままだと本が傷むでしょう。 私は顔をしかめながら、大事な本を受け取ろうとし、 ――……っ! エースが私に唇を重ねた。 開かれた本のページでは。 小さな男の子と女の子が嬉しそうに『kiss』をしていた。 でもエースが本を放り、そのページも見えなくなる。 そして自由になった手でエースは、私を抱きしめた。 今度は肘鉄も出来ない。 エースは折れそうなほど強く両腕で抱きしめ、そして頭をかき抱く。 そしてずっとキスをされた。 7/10 続き→ トップへ 目次に戻る |