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■騎士の悪ふざけ・上

空は晴天。雲は流れ風は吹き、深緑の木々が葉を揺らす。
――それはそれとして、ここ……どこなんですかね……。

帽子屋屋敷に帰ろうとするのをエースに連れ回され、時間帯が経ってしまいました。
今、どこをどう見回しても、どれだけ目をこらしても、人里が見当たりません。
歩いているのはずーっとずーっと山道です。
しかし前を行くエースは鼻歌を歌いつつ、ご機嫌なご様子です。
山奥に騎士様と二人きり。

……いえ、私ものこのこついてきたワケじゃないです。
最初は逃げる隙をうかがってたんです。しかし人里近かったときは、エースが巧妙に
逃げるのをはばみ、今となっては野山に分け入りすぎて、はぐれる方が危険。
仕方なくエースについて歩いております。
遊園地からユリウス。ユリウスからエース。
……前にもそっくり同じことがあった気がするんですが。気のせいかなあ。
大好きなディー、ダム。お姉さん、ちょっと心が疲れましたよ。
――ていうか、本当に疲れましたね……。
一休みして、後からついていこう……。
少し遅れても気づかれるまい、とそっと歩を止める。
すると間髪入れずエースがクルッとこちらを振り返りました。
「カイ、疲れたの?じゃあ、一休みしようか」
とニコニコし、さっさとこちらに近づき、草むらに座りだした。
――ちょっとちょっと……。
何という切り替えの早さ。私も仕方なく、そこらへんの岩に腰かける。
はあ、本当に疲れました……息を整え、足をほぐす。
――でもまあ、前はこの程度で簡単に熱を出してましたからね。
エースに二度にわたって連れ回され、身体が多少、丈夫になったのかも。
だからといって、感謝出来るもんじゃないですけどね。
「大丈夫大丈夫!俺の勘じゃ、もう少しで城に出るところなんだ!だってさ……」
どの口がほざくか。私はエースを無視し、ユリウスさんにいただいた辞書をめくる。

子ども向けとは聞いてましたが、むしろ幼児向け?『絵じてん』というやつですな。
ほら、あれです。全部の言葉の横に、可愛いイラストが入ってるやつ。
例えばリンゴのイラストの横には『apple』とあったりする感じに。
でも実は私、読む方は問題ないのです。
だから、これなら効率良く勉強出来そうですね。指さしで意思疎通も出来そうだし。
――いや……そもそも、しゃべれたら、こんな本はいらないのですが……。
自分にツッコミを入れていると、耳元で声がしました。
「カイ。どうしたの?」
――っ!!
心臓が止まるかと思った!いつの間に後ろに回ったんですか。
気がつくとエースが私のすぐ後ろに座っていました。
抱きつかないで下さい!両肩に腕を置かれると結構、重いんですよ!!
「俺を無視して考え事?ユリウスにもらった辞書なんかじーっと見ちゃって」
肩に置いた腕を、今度は私の身体に回し、後ろから抱きしめる体勢になり、笑う。


エースにはあのテントの夜に、告白っぽいことをされています。でも私を好きになる
理由が、ケンカを売ってるとしか思えない、ひどい理由ばかりでした。
そしてあれから何度も野宿してるけど、一度も手を出されていなくて。
なので、タチの悪い冗談だと思っていたのですが……。

「カイ」
耳元でささやかれる。
冷たい汗が一しずく、額から流れた。

「ね?今、俺の物にならない?」

……何なんでしょう、この人は。
さっきまで普通に会話して、何時間帯か前も、テントで私に何もせず寝て。
そして今、なんの前触れもなく、ごく自然に私を抱きしめる。
何がスイッチだったのかサッパリ分からない。境目が見えない。
「君が好きだって言っただろ?あのときの告白、忘れちゃった?」
――こ、これは、冗談ですよ。からかわれているに決まっている。
私はユリウスさんにいただいた本に集中しようとする。
リンゴ。子どもっぽい絵で描かれた、リンゴの絵がやけに赤い。
でもエースは私を抱きしめたまま、バッと本を膝から払い落とす。
――っ!!
辞書の本と、文法の本。二冊が草むらにドサッと落ちる。
私は地面に落ちた本を取りに、慌てて立ち上がろうとした。
……でも出来ない。後ろからエースに押さえつけられているからだ。
エースは全く力を入れず、私を抱きしめている。
それなのに、こちらが自由になろうと力を入れても、ビクともしない。
――……っ。
「カイ。俺が怖い?」
こ、怖くなんか……っ!
「いいや。怖がってる。身体、ちょっと震えてるぜ?暖めてあげようか?」
――いやっ!!
エースは一方の手で私の腰を抱き、別の手の指を私の胸に触れさせる。
かすめたというレベルではなく、意図的に。
――ん……っ。
髪に口づけられる感触。そして手がさらに露骨に胸をまさぐる。
――やだ……っ止めて……!
必死にもがくけど、エースは抵抗とも感じていないようだ。
「そんなに怖がらないでくれよ。可愛いなあ。あーあ、縮み上がっちゃって」
鳥肌の立つ胸の先端を、二つの指先でこすられる。
羞恥に顔がカッと熱くなる。でもどれだけもがいても、エースは離す気配もない。
まさか私……真っ昼間の野外で襲われかけてるんですか……?
女性としての危機感が、徐々に背中を這い上がってくる。
――何で分かってて、ついてきたんですか、私は……!
馬鹿だ。今さらだけど、のこのこついてきたことに、後悔してもしきれない。
危険な人だというのはどこかで分かっていたのに。今まで何もなかったから……。
「あはは!カイ。自己嫌悪してるだろ。あ、顔が強ばった。やっぱり?」
エースは愉快そうに笑う。


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