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■大好きな不思議の国3

結局、お仕事をいただくどころか、余計にご迷惑をおかけしちゃって。
いただいた辞書と、簡単な文法の本を手に、私は屋敷への道を帰る。
……というか帰ろうとする。
そして私の真後ろから足音がする。
「カイ!俺、近道を知ってるから教えてあげるよ」
いらんわっ!!だいたい、何で跡をつけてくるんですか!
「まあまあ、嫌そうな顔をしないでくれよ!護衛をさせてほしいんだ」
私の横に並び、肩に手を回そうとするエース。ンな馴れ馴れしい護衛があるか!
身をよじってエースを避けていると、
「本当に何もしないって。手を出したらユリウスに怒られそうだしね」
……怒られなければ手を出すつもりなんでしょうか。もしかして。
けど私の無口をいいことに、エースは勝手に話を進める。
「そうだ。途中でカフェに寄っていかないか?確かオススメの店が……」
待て!なぜそれで、森に行こうとするんです!!
それに、そっちは帽子屋屋敷と方向が全然違いますよ!!逃げようとすると、
「カイ!俺から離れるなよ、迷子になるぜ!」
逆に手を引っ張られる。あなたに言われたかないですよ!

結局引きずられて森をさまよう。嗚呼、我が家は遠くなりにけり。
――ん?我が家、ではないですか。
多分、もうすぐ元の世界に帰れると思いますし。
……あ。そして時間帯が変わって、夜になっちゃった。エースもそこでやっと、
「あれえ?もしかして迷子になっちゃったかな」
私は最初から知っていましたが。

…………

一時期、エースの放浪につき合わされていたので、テント生活も慣れています。
テントの中のお布団にさっさと入ると、エースも横になる。
そして早くもこちらににじり寄り、
「なあなあカイ。俺と、本当に気持ちの良いことをしない?」
私はバッと立ち上がり、そのまま外に出ようと――
「あはは!冗談だって!可愛いなあ」
同じく起き上がったエースに腰をがっしりつかまれ……バランスを崩して、彼の上に
すっころげる。罠に引っかかった獲物を捕らえるがごとく、両腕で抱き寄せられ、
――何するんですか!この変態!!
「暴れない、暴れない」
なおもジタバタする私を、笑いながら抱きしめるエース。
そして体勢を変え、私を下にして両腕両足を、押さえつける格好になった。
……なんか、本当に襲われかけてる気分になってきました。
さすがにここまでされて抵抗するほど体力が続かず、力を抜く。
するとエースは目を細めて私の顔の両脇に手をやり、静かに顔を近づける。
そして本当に唇が触れるかという寸前で、顔を強ばらせる私に、
「一度、大人に抱かれてみれば、もう子どもの×××じゃ、満足出来なくなるぜ」
――この×××××が……!
予測していた私は、枕元の辞書を引っつかむと、悪党の額に角を叩きこみました。


「い、いたたた……ひどいなあ、カイ。女の子のすることじゃないぜ」
あざになった額を押さえるエースは、ぜえはあと息をつく私に言う。
「冗談、本当に冗談だって!怒っちゃって可愛いなあ」
どこが冗談だ!立派なセクハラっつか、××未遂でしょうが!!
「嘘じゃないって。君が本気で怖がってたから、つい悪ノリしちゃったんだよ」
ぶるぶる身を震わせ、威嚇の声を上げる私を、笑いながらなだめるエース。
猛烈にここから逃げ出したい。しかしテント地の強度はなかなか頑丈で、小娘には
引き裂けませんで。かといって、出口はエースの側だ。
「もう何もしない。騎士の名にかけて誓うよ。だから寝ようぜ、カイ」
仮にも騎士が、冗談でも女の子を襲うマネをするか!!
ユリウスさんにいただいた辞書で身体を守るようにし、にらみつける。
エースは両手を上げ、それから横になる。
「降参降参。ほら、カイ。寝ようぜ」
それでも眠気には勝てず。渋々、お布団に戻りました。


「ほら、何もしないだろ?」
エースは私を見下ろし、ニコニコ笑う。
……ほほう。何の関係もない相手に、なぜ腕枕をする。あとなぜ髪を撫でる。
強制腕枕というのは初めて経験しました。
頭をずらそうとしても、別の腕が脱出をはばむのです。
「カイ。君は元の世界に帰るのかい?」
髪をなでなでされつつ、コクンとうなずく。
「帰らないでくれよ。俺がここにいるのにさ」
……何で、知り合って間も無いあなたが恋人面をするか。
でもエースはさらに私を抱き寄せる。うう、顔が近い!何なんですか、この人!
「俺さ、君のことが好きになっちゃったみたいなんだ」
エースは平然と言う。
――は?
まあ、余所者は好かれるそうなので、あちこちから、それなりの好意はいただいて
おりますが……。けどエースは真顔で、
「だって君さ、俺の好みに直球なんだぜ?すごーく卑屈で、気持ち悪くて後ろ向き。
恐がりで無口で、うじうじオドオド。人と目を合わせないで、いつも下を見てる」
口説きを装って罵倒、というのは初めて聞きました。ザクザクと傷つきます。
……まあ、いつもうつむきがちなのは認めますが。
というかそういう女性が好みって、どれだけ終わってるんですか、エース。
「君、自分より背が高い相手が怖いだろ?
特にユリウスみたいにデカくて無愛想な奴が苦手みたいだね。
ユリウスの前じゃ、目が泳いで、露骨にビクついてるんだ。自覚、ない?」
……なかった。自分の素振りなんて、他人視点で普通は見ないですし。
「だからユリウスも困って、君と話すときは椅子に座るようにしてる。気づいた?」
……全然気づきませんでした。いえ、私が鈍いのはともかく、知らず知らず、他人に
そんな配慮をさせていたなんて……。
「何かしてあげたくなっちゃうのかな、俺もユリウスも」
そう言って、エースは大きな手で私の目をふさぐ。
あ、ちょっと。そんなことされると眠くなって……。
「君を好きになった……こんなどうしようもない子は、初めてだぜ」
嬉しそうに戯れ言をほざくと、エースはさらに私を抱き寄せる。
いや、眠い。本当に眠い!

「君はこの世界にいた方がいい。元の世界に戻ったら、きっと――」
最後まで聞き取る前に、私はまた眠ってしまいました。

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