続き→ トップへ 目次に戻る

■大好きな不思議の国2

――さて、と。そろそろ帽子屋屋敷に戻りますか。
帽子屋屋敷に向けて、森の中をてくてくと歩いて行く。
遊園地に枕を忘れてきたけど、まあいいですか。
ちょっとお昼寝に行くつもりが、結構長い時間帯経ってしまいました。
ディーとダムは迎えに来なかったけど、愛想つかされましたかね?
――…………。
なぜ暗くなる、私。愛想尽かされて当たり前だし、願ってもないことでしょうが。
――ディーとダム……また、無茶なことをして、ケガしてませんかね。
そればっかりだ。あんなにお屋敷を空けていたのに、一度二人のことを思い出すと、
今度は安否が気がかりで仕方ないです。
――早く帰って無事を確かめないと。
ついつい早足になり、道を急ぐ。
そして、道の脇の茂みから、ガサッと何かが出て来た。

「あ、カイーっ!」
――っ!!

ハートの騎士エースでした。私は即座にクルッと180度向きを変え、
「あははは!逃げないでくれよ、カイ。何もしないからさ!」
――止めて下さい!この××騎士が!!人を持ち上げないで!!
でも私に後ろから抱きつきながら、エースは笑う。
「何か君さ、俺とユリウスのこと避けてない?」
そりゃ、あんな出会いじゃ、普通は避けるわ!!
「俺は正義の騎士で、ユリウスだって悪い奴じゃないのに、ひどいよなー」
後ろから私を抱え上げ、逃亡を封じ、エースは言う。そしてエースが耳元で、
「悪い子には、おしおきをしようか」
――……っ!!
耳朶に軽く歯を立てられ、口から心臓が飛び出るかと思った。
あまりのことに凍りついていると、
「ね、カイ。楽しいことをしない?」
――冗談じゃないですよ!!
我に返って身をよじる私。
そんな私を無視し、エースは服の上から身体を撫でる。
――しません、しません。絶対にしません!!
ブンブンと首を左右に振ります。けどエースは私を地面に下ろす気配もなく、
「ま、無理やりでもいいか」
とんでもないことを言いましたよ!!
あとお腹を撫でていた手が、徐々に上の方に……!
「君は無口だし、武器も持ってないもんな」
――っ!!
指先が、私の胸をほんのわずかにかすめ、カッと顔が熱くなる。
――この……犯罪者!!変態騎士っ!!
必死にもがく。けど、着ぐるみで早々に尽きる私の体力では、まるでかなわない。
――いやあ、誰か……っ!!
「そう怖がらないでくれよ。初めてじゃないんだろ?」
――え……?
「子どもより大人の×××の方が絶対にいいって」
いや、セクハラ発言はともかく、もしかして私と双子の仲って……国中に知れ渡って
いたんですか……!?思わず抵抗を忘れ、ゾーッとする。
それを何か勘違いしたのか、エースは、
「そうそう、良い子だ。大人しくしてたら、気持ち良くさせてあげるから。
……だから抵抗しないでくれよ。痛くされたくなかったらね」
犯罪者そのものの発言をし、呆然とする私を茂みに引きずり込もうとして……

「いい加減にしないか、エース!」

鋭い声に、ハッと我に返りました。
――ユリウス!
茂みの中から見覚えのある長身の影が見えました。
「ユリウスー!」
嬉しそうにエースが言って、私を抱える力をわずかに緩める。
「うわっ!」
私は今度こそ必死に暴れ、エースから逃れると、慌ててユリウスの方へ走り、その
背中に隠れた。こ、怖かった……。
コートにギュッとしがみつき、バクバクする心臓を押さえる。
そんな私の頭を後ろ手に撫でながら、
「悪ふざけは止めろ!やっていいことと悪いことも分からないのかおまえは!」
だけどエースは悪びれもせず、頭の後ろで手を組み、
「あれ?カイ、いつの間にユリウスに懐いちゃったんだよ。
勝手にずるいぜ、ユリウスー!」
そしてポンと手を打ち、
「あ、そうか!双子君は二人だからな。君も二人じゃないと満足出来ないよな。
なあユリウス。俺とユリウスで、今からカイに気持ちのいいことを――」
……エースの頭に、ユリウスの投げたスパナが直撃し、言葉は途切れたのであった。

…………

時計塔で、ユリウスはやはり無愛想でした。
私の差し出したメモを見るなり、
「『wolk』ではなく『work』だ。正しいつづりくらい覚えろ、馬鹿者」
ソファに座り、即座にダメ出しをすると、わざわざ赤ペンで修正を入れるユリウス。
「それに、単語ではなく文章で書け。
『I'm looking for work.』または『I'm looking for a job.』と書くんだ。
仕事を求む、と訴えるのなら『Give me work, please.』と……」
止めてー!頭が混乱します。止めてえー!!
一方、椅子の上であぐらをかくエースは、
「あはは。カイが目を白黒させてるから、止めてやれよ、ユリウス」
「待っていろ。確か拾った子ども向けの辞書がどこかに……」
と立ち上がるユリウスに、
「あははは!白々しいぜ、ユリウス。書店で『一番わかりやすいものを探せ!』って
店員を脅して、何十冊も読み比べして、やっと買ったアレだろ?
珍しいよな、ユリウスがそんなことするなんて」
――え……。
するとユリウスは顔を真っ赤にして、エースをにらむ。
「わ、私は、また絵文字で意思疎通をはかられてはかなわんと思っただけだ!」
私は戸惑ってユリウスさんを見上げる。
そして、ユリウスさんは少しだけ身をかがめ、この上ない仏頂面で本を差し出す。
子ども向けの挿絵入り辞書と……初球の文法の本?
「しょ、初歩の文法を教えることくらいは……してやってもいい。
この世界でそんなことをする物好きは、わ、私くらいのものだろうからな」
顔を赤くして、咳払いした。
――…………。
感謝と感激、そして既視感を抱く。
ユリウスさんと私は、ちょっと似てる気がしました。お互い、人が苦手なところが。
だから気にかけてくれるんでしょうか。本当にいい人だなあ。


「ありがとう、ございます……」



『え……』

やっと呟き、頭を下げる私に、ユリウスさんとエースは目を丸くした。

4/10

続き→

トップへ 目次に戻る


- ナノ -