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■大好きな不思議の国1

仕事をしたいと言った私に、ゴーランドさんは上機嫌。
「そっかそっか!俺は、あんたがずっと居候でも構わないのによ。
ボリスと違ってカイは感心な子だな!」
わしゃわしゃと私の髪を撫でるゴーランドさん。
いえ、働く前から感心と言うのは違うと……あと、か、髪がワイルドヘアーに!
一方、ボリスさんは不機嫌です。ピンクの尻尾をイライラと振り、
「おっさん。俺にケンカ売りたいわけ?
俺だって、アトラクションの改造とかしてやってるだろ」
……あの絶叫魔改造がお仕事ですか。
ジェットコースターが吹っ飛ぶとか、ちょっと勘弁して下さい。
あのときは恐怖に、若くして総白髪になるところでした。ゴーランドさんも、
「趣味でいじるのは仕事とは認めねえ。ちっとはカイを見習え!」
いえ、私はまだ何もやってませんが。
でもゴーランドさんはまた私を見、上機嫌中の上機嫌です。
「よし!余所者が営業してくれれば、いい宣伝になるぜ。何をしたい?
ショーのキャストをやってみるか?パレードのプリンセスもいいな!」
――いやいやいやいや!!
バタバタと、見えないくらい高速で手を左右に振ります。
ンなレベルが高いのがいきなり出来ますか!あとプリンセスって容姿じゃないです。
「何だ何だ、遠慮深いなあ。じゃあクレープ屋にするか?ポップコーン屋は?」
クレープ屋さんですか……女の子の夢ですなあ。
でも私がうなずく前に、私の肩に手を回しつつ、ボリスさんが意見する。
「おっさん、おっさん。カイはすごい恥ずかしがり屋さんなんだぜ。
いきなり接客はちょっと難易度が高いんじゃねえの?」
「ああ、それもそうだな」
ゴーランドさんも即答。
……なぜでしょう。事実なんだけど、正面から言われると傷つくなあ。

そしてゴーランドさんは無精ヒゲに手をあて、しばし首をひねり、
「じゃあ、最初は風船配りからやってみるか!
ニコニコして、子どもに風船を配ってるだけでいいんだぜ!」
ボリスさんも私に力強くうなずきました。
「いいね。カイは笑顔が可愛いもんね!最初はそうやって、簡単なことから
力をつけていこう!俺もついててあげるからさ!」
……何だろう。この社会復帰を後押しされてる感。

そして一時間帯後。

し、心臓がバクバクしますです……。
「カイ。大丈夫?ほら、ジュース飲んで。何か食べたいものある?」
木の幹にぐったりもたれる私に、ボリスさんは優しい。
グッと涙ぐむ私に顔を寄せ、にじんだ涙をペロペロなめる。舌がざらざら!
「そんな顔、しないでよ。次はもう少し緊張しないで、風船を配れるって」
……そう。久々にコミュ障全開でした。
最近知り合いとばかり接していたのが、ダメだったっぽいです。
子どもにまで緊張しまくり『ありがとう、お姉ちゃん!』というお礼の言葉にさえ、
返事どころか笑顔も返せない有様でした。極度の緊張で顔面蒼白になり、見かねた
ボリスさんにストップかけられ、木陰に連行されました。
――あううううう……。
「カイ。ほら、元気出して」
自己嫌悪全開で膝に顔をうずめる私に、ボリスさんは優しく背中を撫でてくれる。
「大丈夫だよ。カイは良い子だから、ちょっと無理しちゃっただけだって」
止めてー!こういう時、優しい言葉をかけられ方が涙が出るの!
私は急いで涙を拭き、つないであった風船の束を持って立ち上がりました。
風船配り再開です!休んでいられません!
そしてボリスさんに止められる。
「ちょっと待って、カイ!
そんな、目の下にクマ作ってたら、お客さんに心配されちゃうよ」
大丈夫、もう元気ですよ。
「ダメダメ。ちょっと待っててね、カイ」
ボリスさんは急いで、どこでもド……コホン、空間をつなぎ、どこか別の空間から
何かを取り出しました。一抱えある重そうなそれは……。
「じゃじゃーん!」
おお!クマの着ぐるみですか!!
「これなら緊張していても見えないし、返事もしなくていいだろ!」
――ボリスさん、ナイスアイデア!
これなら、ただ風船を配っているだけでOK!
着ぐるみを着るのを手伝いながら、ボリスさんは笑う。
「よし、頑張ろうね、カイ」
――はい!

……着ぐるみの熱気と重さにダウンしたのは、それから半時間帯後でした。

閉園時間を過ぎた宵の口。
「カイ。ほら、給料だ」
――いりませんよ!
封筒を差し出すゴーランドさんに、私は真っ赤になって首を振る。
多分、一時間帯も働いてなかったんじゃなかろうか。
着ぐるみで軽い熱中症になった私は、残りの開演時間を救護室で過ごしました。
楽しげな遊園地は体力勝負の世界でした……あなどれない、夢の国。
「いいから取っとけって。長かろうと短かろうと、あんたは立派に労働した。
その対価を受け取るべきだ」
オーナーさんは引く気がないらしいです。ボリスさんも私に寄りそいながら、
「もらえるもんは受けとっときなよ、カイ。
『余所者が遊園地で働いてる』っておっさんが宣伝したから、あんたを見に来園した
客だっているんだぜ?」
客寄せパンダっすか。寝っぱなしで接待も出来ませんで。
けど二人に押され、私は渋々封筒を受け取る。
受け取ったそれは分不相応に重かった。

「ありがとうな、カイ」
ゴーランドさんは優しい目です。お礼を言うのは私の方なのに。
――ありがとうございます。
そう言いたい。絶対に言いたい。
私は必死に勇気を振り絞り、何度も深呼吸してやっと、


「………とう…ざいま…」



……ヤベえ。無言期間が長すぎました。何かもうまともな声が出ないです。
でもボリスさんもゴーランドさんも、嬉しそうでした。
「大丈夫。聞こえたよ、カイ。思った通り、可愛い声なんだね」
「声、聞かせてくれてありがとうな!うう、泣けるぜ!」
ゴーランドさんは、また感動シーンに脳内変換したのか、涙ぐんでいる。
そしてしみじみと仰いました。
「余所者がいるってのは、本当にいいもんだな」
……何か、傷ついた小動物を慈しむ目ですなあ。


それから一時間帯後。
ゴーランドさんが家に戻られ、ボリスさんが寝入ったのを確認してから、私は部屋を
出て、そのまま遊園地を出ました。

『Thunk you!』という置き手紙を残して。

……『ありがとう』と書いたつもりなんですが……合ってます、よね?

3/10

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