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■さまよえる余所者・下

寝る。ひたすらに寝る。何もかも忘れて、眠りこける。
――ぐーぐーぐー……。
「いや、だから夢の中まで寝るのは、寝過ぎだと思うんだが……」

パチッと目を開けると、そこは夢の空間でした。虚空にはいつもの変な人がいます。
病院送りになりそうな顔色で、幽霊のように不気味に漂っています。
「……なぜだろう。相変わらず君の心が読めないのに、ひどいことを考えていると
なぜか確信出来てしまうんだが……」
いやー、はっはっは。
「遠くに視線を向けないでくれ、カイ」
ナイトメアさんに悲しげに言われました。しかしまだ眠いです。
私はまた、夢の地面に頭をつけ、うとうとと……。
「カイ!寝てばかりいるんじゃない!無言でいるんじゃない!
もう少しやる気を出せないのか、君はあ!」
うう、夢魔に叱られました。
……それにしてもなー。いつのことなのか、相手が誰なのか分かりませんが、私は
いつもこんな風に、ムチャクチャ叱られてばかりいた気がするのです。
それこそ夢魔さんよりももっとキツく、情け容赦のない物言いで。
思い出そうにも思い出せない、記憶の向こう側のことなんですが。
「まったく。何で君は、寝るのがそんなに好きなんだ?」
私は、呆れたように腕組みをするナイトメアさんを見上げ、考えました。

――だって、何をすればいいか、分からないじゃないですか。

「――っ!!」
そのとき、ナイトメアさんの顔に驚愕の色が走った。
「い、今の、君の声、だよな……?」
驚愕の色はすぐ、歓喜の色に変わる。それこそ『ク●ラが立った!』的に、
「聞こえたーっ!!カイの心の声がついに聞こえたぞー!!」
ミステリアスな夢魔さんは、子どもみたいに両手を上げ、喜びを爆発させる。
「カイが……カイがついに私に心を開いてくれたあー!!」
と、虫……コホン、鳥のごとく、辺りをグルグル飛び回り、そしてピタリと止まる。
「……て、『何をすればいいか分からない』って、君は今までずっと、そんな理由で
寝っぱなしだったのか?」
いえ、もちろん寝ること自体も好きなんです。
が、ここはやることがないですよね。
ケータイもゲーム機もない、漫画もアニメのDVDも、ラノベもなーんにもない。
誰かと遊ぼうにもコミュ障だし、気を使うのが苦手。出歩くのも面倒。
字は読めるけど、ブラッドさんの蔵書は、私には難しすぎます。
……なんか生活の『間』がもたないんですよね。
「異世界に来たのに、何と無気力な……。
この世界は、君には合わなかったのかい?カイ」
ナイトメアさんが、少し悲しそうな顔で聞いてきました。
以前なら否定してたかもしれませんが、今は素直にうなずきます。

――元の世界に早く帰りたいです。

「ちょっと待てカイ。もう少し大きな声で考えてくれ。やはり聞き取りにくいな」
――大きな声で考えてって。
「いや。ダメだ……小さすぎて聞こえなくなった。カイ〜」
どうせ否定的な思考ばかりですし、読めない方がいいと思うけどなあ。
夢魔さんはがっくり肩を落とし、でもまた顔を上げる。
「だが『帰りたい』という声だけは聞こえたよ。
私には、いや君という『余所者』を迎えた我々にはとても悲しいことだが……」

そうでしょうか?私は何らかの奇跡で、この世界に舞い降りたらしいです。
誰に招かれたわけでもない。そう、招かれざる客。
「いや。君はある意味、自力でこの世界に来たと言える。
夢はかなうものだ。それだけ強く、別の世界に行くことを願っていたんだよ」
心を読めたのか読めていないのか、夢魔さんは電波全開なことを仰る。
そしてナイトメアさんは、私より白くてきれいな手をのばし、私の頬に触れる。
想像とは違い、とても暖かかい手だった。

「カイ。無気力で、不器用で、臆病で……でもとても優しい子だ。
私たち全員がそれを知っている。君が声を出せないほど、恐怖を引きずっていても」

そう言って撫でてくれる……やっぱり夢ですなあ。
聞こえのいい言葉だけを言ってくれるんだから。
あと私は別に何も怖がってませんって。
それよりも夢魔さん。よく見ると、とてもきれいな銀の髪だ。
こんな優しい目をした人だったのかと、初めて気づかされた。
でも買いかぶりすぎです。ほめられすぎて自分のこととは思えません。
――逃げてはいけませんよ。立ち向かわないと。
「自分が幸せに慣れる場所で幸せになることを、恥だと思ってはいけない。
元の世界のルールや常識など、ここでは通用しないんだ。
見た目に惑わされ、本当の気持ちを見失ってはいけないよ。カイ」

――ディー、ダム……。

なぜか双子の顔が浮かぶ。子どもだから二人だからマフィアだからと拒んだ。
でも、私の本心はどうだったんだろう。可愛くて、残酷な双子の門番。
言葉の不慣れな私も、あの子たちのためなら頑張れた。笑顔になれた。
人はマフィアと知ってて愛することもあるでしょう。あるいは、同じ顔の二人でも。
――いやあー、でもやっぱり子どもは対象外っすねー。
あいにくと、そういう属性はないんですよね。でも夢魔は微笑むのみでした。

そして、夢の空間がぼやけ、目覚めのときを知らせる。
「また会おう、カイ」
夢魔さんはそう言ってフワリと浮かび、私の頭をなでた。
そして私が目覚める間際に、

「勇気を出すんだ。この世界は、君を愛しているよ」

…………

さてさて、目が覚めて遊園地です。
ゴーランドさんは眉間にしわをよせ、うなっておられます。
「う〜〜ん……」
彼の手には、私が渡したメモ。そこには単語が一つこっきり。

『wolk』

そしてゴーランドさんは、突然パッと顔を輝かせ私を見ました。
「あ!なるほど『work』か!……つまり、仕事がしたいってことだな!?」
そうそうそう!私はパチパチと拍手する。え?単語間違ってました?ンなご冗談!
「えー!?」
隣で声を出すのはボリスさん。私の肩に腕を回し、顔をすり寄せ、
「何でいきなりそんなこと言い出すの?せっかく役がないんだから、今までみたいに
ずーっと俺と昼寝していようよ!眠れないなら、いつまでも遊園地で遊んでさ!」
うーむ。そういえば遊園地に来て以来、九割方、ボリスの部屋で寝てたんですよね。
誰も何も言わないし、ご飯とか勝手に用意してくれるから、つい甘えちゃって。
ずっと、そうしていたかったんですが、何か変な夢見ちゃって。内容はさっぱり
覚えてないですが、求職と社会参加の大切さを説かれたような気が。

本当はもっと違う夢だった気もするんですが……。

2/10

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