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■さまよえる余所者・上

帽子屋屋敷の窓からは、気持ちの良い青空が見えます。
――うーむ……。
枕を小脇に抱え、お屋敷をさまよう私、カイ。
ディーとダムは門番のお仕事中です。
私はお仕事もせず、寝場所の散策……い、いやいや!それはない!そんな不真面目な
ことはございません!散歩してるだけ!ならなぜ枕を抱えているかと言われますと、
それは、その……。
――ダメだ。いいオチが思いつきません。
一人ツッコミにも気合いが入らず、肩を落とし、とぼとぼと屋敷をさ迷うのでした。

私はカイ。異世界に来た平凡(以下?)な少女。
この世界に来て、双子の門番に『お姉さん、お姉さん』と猛烈に懐かれ、重症の無口
ながら楽しく過ごしていました。
ですが双子は、いつ何がきっかけだったのか、私への恋心を募らせていたようです。
私が半端に愛想が良かったこともあり、自分たちは両思いだと勝手に確信。
……ある夜、ついに一線越えちゃったわけですな。

しかしまあ、私の方にそんな趣味はございません。
双子は可愛いですが、子どもは子ども。恋愛感情は持てません。というか犯罪だし。
しかも相手が二人で、その上、子どもなのにマフィアの門番だったりと、いろいろと
設定がぶっ飛んでいまして、もう何というか……考えられない。対象外。
もちろん舞踏会で、一緒に踊ったりしませんです。

そういうことを、どうにか二人に伝えたわけですね。はい、説明終了。
二人はがっくりしてました。声をかけるのがためらわれる落ち込みようでした。

――やはり、このお屋敷を出て行くべきですかね。
お世話になっている場所の、重鎮の機嫌を損ねたんだもの。普通は追い出される。
ディーやダムとだって気まずい。二人は、私が拒んだことで、すっかり落ち込んで、
あの夜は私に手を出さず、そのまま寝ちゃいました。
私は罪悪感に眠れない……ということはなく、しっかり爆睡して、今もまたこうして
寝場所を探し、枕を小脇に、屋敷内をうろついているワケです。
……おかしい。シリアスなシーンのはずなのに、どこか違和感が。まあ、いいか。
とりあえず私は、目に入ったピンクの上に枕を置き、床に横たわると目を閉じ……。
「ちょ、ちょっとカイ!!」
慌てたような声がし、パチッと目を開けました。すると目の前に金のまなざし。

「何で普通に俺に近づいてきて、当たり前の顔で、ファーの上に枕置いてるの!」
いつぞやお世話になったボリス=エレイさんでした。床に座って休憩中だった模様。
こりゃ失敬。
私はペコッと頭を下げ、寝そべりつつ、枕をファーからどかし、床の上に枕を置くと
その上に頭をのっけて目を閉じて……。
「……あんたが屋敷内のどこでも寝てるってウワサ、本当だったんだ」
――っ!!
鼻をつままれ、驚いて目を開けました。
ボリスさんが自分の膝で頬杖ついて、私をのぞきこんでいます。ヒコヒコお耳ー。
「コラ、いたずらしない!」
あう。のばした手をペチッと叩かれました。
そしてボリスさんは、ニッとチェシャ猫笑いで立ち上がると、
「俺はあんたに会いに来たんだ」
え?ボリスさんはディーとダムの友達でしょう?何で私に?
「最初はディーとダムを誘いに来たんだけどさ。あいつら、なーんか元気なくて、
遊んでも面白くなさそうだから、声かけるのを止めたんだ」
……さっぱりしてるなあ。
男同士の友人関係というやつか、それとも猫さんだからでしょうか。
あと、私も遊ぶという気分じゃないんですが。
枕を持ちつつ首を傾げていると、ボリスさんはかがんで私に身体をこすりつける。
「カイとだったら、昼寝も楽しいよね。
どうせなら、もっと寝心地のいい場所で寝ない?」
ゴロゴロと喉のなる音。そして、ボリスさんは私の手を引っ張って立たせました。
どうするんです?とまた首を傾げていると、ボリスさんは手近な扉に手をかけ、
「じゃ、行こうよ、カイ!」
振り返って微笑みました。おお!空間をつなぐ能力ですか!こういう魔法っぽいのは
好き。私はウキウキして、手を引かれるまま、扉をくぐろうとしました。そのとき、
『あ、お姉さ……』
という声が廊下の向こうから聞こえた気がしました。
でも確認する前に、扉はすぐ後ろで、閉まってしまいました。

…………

遊園地はいつも快晴です。
「カイーっ!待ってたぜ!!また遊びに来てくれたんだな!!」
私を見るなり、ゴーランドさんは両腕広げて……私をがばあっと抱きしめ、大歓迎!
お、おヒゲが!!無精ヒゲが!!
「おっさん、おっさん!セクハラだぜ!!」
「痛ぇ!何するんだ、居候が!!」
ボリスさんが、ゴーランドさんの三つ編みを引っ張って引き離す。
「はしゃぎすぎ。ほら、カイが引いてるって」
目を丸くする私を指差し、ボリスさん。ゴーランドさんは照れくさそうに笑い、
「悪ぃ悪ぃ。カイが来てくれたから、嬉しくなってな」
ゴーランドさんは豪快に笑う。余所者パワー発動中か。本当に嬉しそうです。
そしてふところから、いつものようにフリーパスを出し、
「いくらでも遊んでいってくれ!ああ、アトラクションの優先チケットも……」
すると、ボリスさんが、

「違う違う。カイは枕持ってるだろ。俺とこれから寝るの」

沈黙。

ゴーランドさん、沈黙。

そしてフリーパスをそっとしまい、しばし宙を仰ぎ、澄んだ瞳で私に、
「……そっか。おめでとう……な。カイ」
――は?
するとボリスさんが低い声で、
「おっさん。何か勘違いしてねえ?あと何で、そんなに切なそうな目なんだよ!
似合わねえから止めろよ、いやマジで、怖いから!!」
だけどゴーランドさんは、枕を抱えた私に微笑み、
「余所者のあんたが、この世界で幸せを見つけられて良かったぜ」
そこでとんでもない誤解をされていると、やっと気づきました。
――いえいえいえ!違いますがな!!ボリスは違います!私には双子が……!
顔を真っ赤にして否定しようとして……自分の思考の中で黙り込む。
――いえ、違います。ディーとダムではないです。
あの二人は違う。恋愛対象でも恋人でもないんです。
「だから違うって言ってるだろ、おっさん!」
「ボリス。枕しか私物の無い子なんだ。大事にしてやるんだぞ」
「だから!勝手に話を作るの止めろよ、おっさん!!
あと、この子の枕、帽子屋屋敷の支給品だから!!」

ボリスさんとゴーランドさんの漫才……コホン、ケンカが遠くに響いておりました。
あと、周りのお客さんの目が痛いっす。

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