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■それぞれの甘え

首をかしげる私に、ブラッドさんは、
「お嬢さんは知らなかったな。この世界の催しの一つで、じきにハートの城で開催
される。君も来なさい」
――舞踏会。
それはそれは、不思議の国にふさわしいメルヘンチックなイベントですな。
――……て、ハートの城!?
私はギョッとする。
「どうしたの?お姉さん」
「カイお姉さん?」
いきなり動揺する私に、双子は不思議そうにしています。
うーむ。やむを得ずとは言え、私はあそこのトップを平手打ちしたことがある。
出来れば行きたくないんですが……。
「ああ。女王のことなら全く心配はいらない。楽しむといい」
あれ?ブラッドさん。女王さまとのことを何で知ってるんでしょう?
平手打ちされたことを、わざわざ吹聴するとは思えないんですが……ま、いいか。
――どうもです、ブラッドさん。
私はちょっとブラッドさんに頭を下げました。すると、
「お姉さん、何でしゃべってくれないのかなあ。一度はしゃべってくれたのに」
双子が、私にすがりつつ、ディーが言う。え?そうでしたっけ?
「ねえ、何か言ってよ。お姉さん」
とダムが私を見上げます。が、私は例によって金魚と化しております。
……あ、あと。すみません。皆さん、無口なせいで気ぃ使わせてすみません!!
ペコペコ頭を下げる私でした。
そしてブラッドさんは、優雅に紅茶を飲み、

「何を言ってるんだ。おまえたちが原因だろう」

ディーとダムが強ばった、気がしました。

やりとりを見ていたエリオットさんも、やけに意地悪く、
「おまえらだって、カイがしゃべれない方が都合がいいんだろう?
無口につけこんで、好き放題に出来るからなあ」

……いや、そんなことはないですよ。もう、本当に無口を治しませんとなあ。
『…………』
けど双子は黙り込んでいました。さっきより深刻な顔で。
私の腕をつかむ手も、ちょっと緩んできました。
なので緩んだ双子の腕から、自分の腕を動かします。
そーっと、ケイク・オ・ポムのお皿を取ろうとすると……
「お姉さん、僕が取るよ」
ディーが立ち上がり、私が取ろうとしていたリンゴのケーキを寄こしてくれた。
あ、どうもありがとう。お礼に、粉糖のたっぷりかかったリンゴを……。
ん?あれ?フォークはどこに……。
「お姉さん、『あーん』して」
え?ダムが何で私のフォークを持って、リンゴを差し出してるんです?
「カイお姉さん、『あーん』」
再度促され、口を開ける。
うーん。美味しいですねえ。バターでたっぷり煮込んだ糖蜜リンゴ!
至福の顔でもぐもぐしているとディーが、
「お姉さん、次は何を食べたい?僕が取ってあげるよ」
何?何ですか?にわか給仕さんごっこ?私のことは放っておいていいんですよ?
私は近くにあった予備のフォークを取ると、自分でケーキを崩す。
「あ……」
私は笑って、次を差し出そうとしたダムに、首を振りました。
そして今度は私から、大きなリンゴを差し出し、お礼の『あーん』を促す。
「……いらないよ」
あれ?さっきは嬉しそうに食べたダムが、そっぽを向きました。
あら。リンゴは嫌でした?怒らないで下さいよ。
じゃ、男の子の好きそうな、甘さ控えめのものでも……。
ああ、ディーも放って置いちゃいけない。
だから、キョロキョロしつつ、ディーの頭を撫でるのも忘れない。だけどディーは、
「……いいよ。子ども扱いしないでよ、お姉さん」
何だか不機嫌そうに言い、頭を動かし、私の手から離れました。
え?え?男心と秋の空?さっきまでこれで喜んでくれてたのになあ。
困った困ったと、二人をなだめられそうなケーキを探していますと、
「止めとけよ、カイ」
とエリオットさんに止められました。え?探してるのは私のケーキじゃないですよ。
うう、さすがに食べ過ぎと思われましたかねえ。
「甘やかさなくていいって、前に言っただろ。たまにはこいつらに気を使わせろ」
と、気まずそうな双子にフォークを向ける。コラ!人に物を向けない!
でもエリオットさんが双子に向ける目は、いつもより淡々としてるように思えました。

…………

シャワーを浴びて、ネグリジェに着替え、スタンバイして双子のベッドに座る。
でも寝間着を着たディーとダムは、すぐには行為に及んできません。
――おや。珍しい。
でも両側から私に膝枕させて横になっています。うう、結構重いです。
そして、ずっと黙り込んでいます。
どうしたんでしょう。何かお茶会から元気がないような。
困って、二人の頭を撫でていると、ディーが口を開きました。
「カイお姉さんは……」
はい、何でしょう?と首を傾げる。
でもディーはそれきり言葉が続けられないみたいでした。
するとダムが後を継ぐように、

「何で、また口を利いてくれなくなったの?」

え?あー、そういえば……。
何か周りが勝手にフォローしてくれるもんで、つい甘えちゃったんですよね。
恥ずかしや。本当に治さないと……。
「それにすぐに、どこかに行っちゃうよね。
屋敷でも、眠いならこの部屋で寝ればいいのに……」
ディーが言いました。えー、だって、この部屋落ち着かないんだもん。
というか、何だって今更そんなこと言い出したんですか。
お茶会のことですか?ボスの言葉だから重かったとか?
いや、私コミュ障ですもの。無口に理由もなにも。

「ねえカイお姉さん。舞踏会では、僕らと踊ってくれるよね?」
「僕ら、お姉さんの恋人だよね。お姉さんもそう思ってくれてるでしょう?」

双子が懇願する目で私を見上げてきました。


そのまなざしに……ズキッとする。心が、痛い。


……ああ、不安そうですね。可愛いなあ。安心させてあげたいな。
私は微笑んで、双子の頭を撫でました。でも……否定も肯定もしない。
「ねえ、お姉さん!」
「カイお姉さん!」
双子の声は強くなる。
でも不安そうな双子に、それでもうなずくことはしない。

――あー、私って、本当に最低ですね。

認めることは出来ない。でも傷つけたくもない。
自分の中に引きこもり、他人にフォローを任せてのんびりお昼寝。
いいご身分ですねえ。

――本当に……最低……。

涙がポロッとこぼれる。
「お姉さん……?」
「ご、ごめんなさい」
双子がバッと私の膝から起き上がり、慌てたように私を抱きしめる。
でも一度出た涙は、堰を切ったように後から後からあふれてくる。
それが嗚咽になるまで時間はかかりませんでした。
「ごめんなさい、お姉さんを泣かすつもりじゃなかったんだよ」
「ごめんなさい、カイお姉さん。無理しないでいいから!」
ディーとダムがギューッと私を抱きしめる。
――……私は『お姉さん』って呼ばれるほど出来た人じゃないですよ。
涙でボヤける目で、二人を見る。
ディーとダムは泣きそうな顔でした。男の子が泣いちゃダメですよ。
ああ、でもだからこそ、あなたたちは子供と分かる。
どんなに愛おしくても、子供を異性として意識するのは無理なんですよ。
こんなに可愛くて、カッコイイのになあ。

「ごめんね……」

それだけを、やっと言えました。

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