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■もうすぐ舞踏会・中

遠くから声がいたします。

「……帽子屋屋敷にはいつ連絡するんだ?」
「いや、下手に逆恨みや詮索をされるとコトだ。このまま処分しよう」
「分かった。でも、余所者って、どれくらい待てば時計に戻るんだ?」
「馬鹿かおまえ。余所者は心臓を持っているんだ。放っておけば……って……する」
「あはははは。それ、グロイなあ。じゃあ。袋に詰めて、そこらへんに埋めるか」
そして、誰かが私のかたわらに膝をつく気配がしました。
「でも原因はなんだろ。階段から落っこちたのかな?」
「だが身体は無傷だ。どこか折れたり曲がったりしている様子もないな。
まるで生きているような……」
と、誰かが私の首のあたりに触れる気配がし……私はパチッと目を開けました。

「――っ!!」
――……っ!!

私も向こうも、目を見ひらいて凍りついてました。
いつぞやの『時間の番人』ユリウス。
彼が目の前にいた。彼の友人『騎士』エースも半笑いで。
な、何々?どういうことですか?
「い、いや、出先から帰ったら、おまえが階段で倒れていたから……」
ヤバイ。また寝てました。

…………

ちょっと前のお話。私はユリウスという男性と、遊園地で知り合い(?)ました。
異世界の私の存在は、彼にとってはイレギュラーで、あってはならないものだった
らしいです。会うなり言いがかりをつけられ、痴漢行為までされ、プチトラウマ。
けど、私が迷い込んだこの大きな塔は、このユリウスの物だったみたいです。


ユリウスの部屋は、雑然とした職人のお部屋でした。
――いやあ、危なかった。危うく生き埋めにされるところでした。
「カイ……とエースが言っていたな……珈琲だ」
ユリウスが、ソファに座る私に珈琲を出してくれました。
こちらも人様の住居で行き倒れていた手前、顔を赤くして受け取る。

とはいえ、本当はユリウスの部屋に立ち寄るつもりも用事もございませんで。
本当は帰りたかったんですが、エースに『せっかく遊びに来てくれたんだし』と、
なぜか部屋に案内されちゃいました。
そして、エースは『あ、陛下に呼び出されてたんだ』と即効でお帰りやがりまして。
後には気まずい二人が残されたわけです。うううう、緊張するよう。

「それで、余所者がなぜ、時計塔の階段で倒れていたんだ?」
ソファの傍らで、腕組みをして私を見下ろすユリウス。目が冷たく怖いです。
しかしまあ、この方は私の眠り癖なんぞご存じないでしょうな。
――えーとですね。入ってみたら、意外に長い階段で、途中で眠くなっちゃって。
「……無表情に手をバタバタされても、意味が分からないが」
ムッツリした顔のユリウス。やはりジェスチャーは通じませんか。

仕方ないので、紙とペンをお借りして、絵を描いてみることにしました。
ええと『面白そうなので時計塔に入ったのですが、途中で疲れて寝てました』……。
でも、この世界の文字(英語?)は分からないので、さらさらと書く。


1.(*^o^*)
2.(≧◇≦)
3.(-_-)zzz…』

「……分かるような分からないような」
手渡された紙をにらみ、真剣に苦悩されているユリウス。
まさかおぬし、絵文字は認めないとか、旧思想の人間ではあるまいな?
ユリウスはついに解読をあきらめたらしい。
「つまり、私に用事があって来たわけではないのだな?」
そうそう、そうです!
コクコクうなずくと、ユリウスはため息をつき、私に背を向ける。
「なら、さっさと出て行け」
――あれ?いいんですか?
前に会ったときは、何か怖いことをされたのに。
今回もなにがしか追求を受けるかと、逃げる隙をうかがっていたんですが。
それは私の表情に出たのか、ユリウスは少し言いづらそうに、
「あのときは少し気が動転していた。あれから夢魔に話を聞き、おまえが偶発的に、
この世界に出現したと確認した。帽子屋屋敷で世話になり、声を患っているとも」
そうそう。そうなんですよ!……ん?夢魔?ナイトメアさんのことですかね。
どうやって話をしたんでしょう。まあ、いいか。
「誰に招かれたわけでもないのなら、もうおまえには興味は無い。さっさと帰れ」
ぶっきらぼうにユリウスは言って、作業台らしき場所に腰かけると眼鏡をかけました。
そして手元のドライバーを取って、時計を手に取る。
よく見ると動かない時計です。壊れている時計をこれから直すのですか。
――時計職人なんですね、ユリウスさんは。
大きな身体に反比例し、手先がとても器用みたいだ。
すごく細い精密ドライバーで器用に時計の裏蓋を開け、パカっと外す。
うわ。時計の中身なんて初めて見た。すごくきれいなんですね。
「……何を見ている」
いつの間にか、私はソファから立ち上がり、机のそばによって、ユリウスの仕事を
じーっと見ていた。
「いいからどこへでも行け。私は帽子屋ファミリーと事を荒立てる気はない」
あ、いえ、まあそうなんですけど……。
するとユリウスが手を止め、また眼鏡を取った。
よく見ると髪が長いですねえ。撫でてみたい。
「それとも……帽子屋屋敷に帰りたくない理由でもあるのか?」
『へ?』と、首を傾げると、
「余所者は好かれるという。奴らに囚われ、酷な扱いを受け、だから声を失って……」
いえいえいえいえ!そんなことないですよ!
こちらが無口なせいで、またあらぬ誤解を与えてしまったようです。
私のは単にあがり症です!帽子屋屋敷の人たちは、みんな良くして下さいますから!
高速で首を左右に振ると、ユリウスは『そうか……』と言って、また眼鏡をかけ、
修理を再開する。今度は私がじーっと見ても気にしないみたいです。
――……ユリウスさん……。
もし今、私が疑いを肯定していたら、何かしてくれるつもりだったんでしょうか?
――実は、そんなに悪い人じゃないのかなあ。
私は頭を下げ、部屋を出ることにしました。
扉を開ける瞬間に、一度振り返りましたが、ユリウスは最後まで無言。
時計の修理に完全に集中されていました。
――いい人だか悪い人だか、分からないですね。
首をかしげつつ、後ろ手に扉を閉め、外に出ますと、

『お姉さんっ!!』

……駆け寄ってきた双子にタックルされました。

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