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■優しい人・下

『お姉さん!!』
と、考えていたまさにそのときに、こちらに駆けてくる音がしました。
――ぐはっ……!!
振り返るヒマもなくタックルされ、マカロンを吐き出すとこでした。
「やれやれ。お嬢さんのノドをつまらせるつもりか?」
ブラッドさんはゆったりと紅茶を飲んでいます。
「ボス!お姉さんを勝手にお茶会に誘うなんて、ひどいよ!!」
私の腕にガシッと抱きつきながら、ディー。
どうやら休憩時間のようです。
「僕らが一生懸命、仕事をしている間に、部下の恋人を取るつもり?」
反対側の腕にギューッとしがみついて、少々剣呑な物言いをするダム。
けれどブラッドさんは、すまして紅茶を飲んで……この方、何かさっきから紅茶を
飲みっぱなしなような気が……これで何杯目ですか?

「廊下で行き倒れていたから、お茶会に誘わせてもらっただけだ。
おまえたち、あまり束縛するものではない。お嬢さんに嫌われるぞ」
すると、ディーとダムは、私に身体をすり寄せながら、
「そんなことないよ。お姉さんは優しいんだから!」
「そうだよボス!お姉さんの優しさにつけ込んで誘惑しないでよ!」
何やら恋敵でも見るような目で、上司を見る二人。けど当の上司は、
「そして、もう少し信頼することだ。カイは私とのお茶会の最中に、門の方ばかり
気にしていたよ。実に優しいことだ」
すると、私に抱きついていた二人がみるみるうちに頬を赤くしました。
「お、お姉さん、僕たちのこと心配してくれたの?」
「大丈夫だよ。僕ら、恋人に心配かけるほど弱くないから!」
「そうだよ。優しいお姉さんを困らせたりしない!」
「僕らは強い門番だからね!」
ものの見事に、ブラッドさんから私に関心を移し、何か自己PRしてきました。
――でも私……優しい、ですかね?

本当に優しいなら、子どもに門を守らせ、のうのうとお茶会をしたりなんて出来ない
と思います。自分に危害が及んだときに、懐いてくれた子どもを突き飛ばして逃げる
なんてこともしないでしょう。
――うーん……。
頬を染めて、私に抱きついてくる双子の門番。
――やっぱり、近所のお姉さんに憧れる男の子、にしか見えないですね。

私に恋しているというより、恋に恋してるみたいな。
好意が暴走して、強引に恋人にしてしまうあたりが異世界ですが。
でも、された側としては、違和感を禁じ得ないです。
――子供と恋人になるのは、私の世界では犯罪ですしね。

双子は私の葛藤に気づいた様子もなく、はしゃいでます。
「僕ら、お姉さんみたいに優しくて素敵な恋人を持って幸せだよ!」
「大好き!お姉さん大好き!ずっとずっと恋人でいてね!!」
――優しい、素敵、大好き、恋人……。
私は救いを求めてブラッドさんをチラッと見ました。
ですがブラッドさんはやはり、優雅に紅茶を飲んでおられます。
鋭いブラッドさんだから、私が抱く違和感には気づいてらっしゃるでしょうに。
けど、お屋敷の主は私を助けない。
その視線は、先ほどと違い、突き放している風でもありました。

『嫌なら、そう言えばいいだろう』と。

…………

門の前で、子どもたちはテンションが高いです。
「お姉さん!見ててね!格好良く敵をスパスパしてあげるからね!」
「一撃で止めるにはコツがあるんだ。切り込みの角度はね……」
双子が、不気味なウンチクを語り出したので、聞かないフリ聞かないフリ。
双子の休憩時間が終わると同時に、私もお茶会を辞して門前に来ました。
ディーとダムは何やら張り切っています。
でも私は門の側の木陰に座り、二人に適当に手を振りつつ、別れるセリフを考えます。
――う、うん。一言だけ言えばいいんですよね。
しかし相手は子ども。どうやって、納得して別れてもらえるものか。

あなたたちのことは大好き。でも子どもと恋人になる気はないです。
もうこんな間違った関係は止めましょう、と。
……なんか、最後の一文のみ、不倫カップルのセリフっぽいですな
いえいえいえ、それはどうでもいい。
とにかく、ズルズルと関係を続ける気はないのです。


『カイお姉さん?』
――っ!!
ヤバイ。己の心の深淵をのぞき込んでいたようです。
気がつくと時間帯が変わってました。
いつの間にか双子が間近に来て、じーっと私をのぞき込んでいました。
「お姉さん〜。目を開けたまま寝ないでよ。せっかく格好良く敵を斬ったのに」
不満そうな青い服のディー。
「カイお姉さん、上の空だよね。門の前は退屈?サボって遊びに行こうか?」
自分が遊びに行きたそうなダム。服も赤いけど、顔にもまた赤が……。

――って、あなたたち、またケガをしてっ!!

双子の身体には、赤が飛び散っています。
私は大慌てで、携帯している救急バッグから応急処置セットを出しました。
「だ、大丈夫だよ。お姉さん。ほとんどは敵のものなんだから」
――大丈夫じゃないです!さあ、大人しく傷を見せて!!
どうやら気迫は伝わったようです。
「は、はい、カイお姉さん……」
素直でよろしい。大人しくなった双子に、私はなるべく痛みが少ないよう、傷を一つ
一つ、慎重に手当していきました。
あっという間にバンソウコウと包帯の増える双子。
でも何だか嬉しそうです。

「僕ら門番でマフィアなんだよ?こんなケガ、当たり前なんだよ?」
「それでも僕らにだけ心配してくれるよね。カイお姉さん、優しい」
そう言って、頬を染め、代わる代わるキスをしてきます。
赤と消毒薬の匂いが鼻に染みる。

だから、私は優しくなんてないです。
本当に私が優しいなら、あなたたちが心配なら、どんな手段を使ってでもマフィアの
部下なんか辞めさせているでしょうに。
ディーとダムが純粋すぎるほどに、優しさと真逆の、私の醜さが、あぶり出される。

――言わないと。この子たちを少しでも大事に思うなら、ちゃんと伝えないと。

私は、意を決して、口を開きました。

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