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■優しい人・上


――眠いです……。
私カイ。ただいまゴロ寝しております。
だって眠くて。窓からさす日の光は、春みたいにポカポカ暖かくて。
私は横になりながら、大あくびし、さらに寝返りをうつ。
――気持ち良い……。
目を閉じると帽子屋屋敷の匂いがします。
硝煙と、紅茶の香が不思議に混ざっている不思議な匂い。でも、嫌いじゃない。

帰って来た。
私は。
ディーとダムに連れられて、この屋敷に。

「……廊下で寝られては困ると、以前にも言った気がするが」

――っ!!

脇腹をつま先でつつかれ、バッと頭を上げました。
……うう、急に起き上がったから、頭が……いたた……。
頭を押さえ、苦痛にうめいておりますと、
「控えめなのか豪胆なのか、たまに分からないお嬢さんだ。屋敷内はどこでも自由に
歩いてかまわないが、どこでも『寝て』かまわないワケではないのだよ?」
ブラッドさんでした。腕組みをして、困ったものだ、というお顔です。
あ、えーと、いえ、その、久しぶりに慣れた場所に戻って、少々気の緩みが……。
しかしまあ、例によって言葉が上手く出ず。
オロオロあわあわしていますと、スッと目の前に手が差し出されました。
「お手をどうぞ。お嬢さん」
――ど、どうも……。
おずおずと手に触れると、ギュッと握られ、力強く立たせていただけました。
――ありがとうございますです。
ペコッと頭を下げると、フッと笑う気配。
顔を上げると、ブラッドさんの顔。本当に容姿端麗な方です。
そして相変わらず、涼やかに気だるげ、滅亡的なファッションセンスの御方です。
……失礼しました。最後のワードだけ忘れて下さい。
「さて、今度という今度はお茶会に誘わせてもらおうか、カイ」
へ?お茶会?あー……そういえば、何だかんだで一度も出席してませんでしたね。
「真っ昼間から、廊下でゴロ寝をするよりは、有意義な時間になるだろう」
あうあう。いえ、その、私も決してマナーもクソも無く廊下で寝ているのではなく、
アレです。昼間の陽光に誘われてですねえ……。
あたふたする私の胸の内は、鋭いブラッドさんにはお見通しのようでした。
「君の『恋人たち』はしつこいようだな。
真っ昼間から、ところ構わず眠くなるほどとは」
――っ!!
噴き出すところでした。
よもや家主が、ンなプライベートに突っ込んでこようとは。
いえ、それより『恋人』に突っ込むべきか、『たち』に突っ込むべきですか。
「カイ。そう、目をさ迷わせるものではない。
お茶会を楽しめば疲れも取れるだろう」
ブラッドはニヤニヤと笑い、私の手を引き、歩き出す。
……あの、そろそろ手を離していただけませんか?

…………

外の庭園には、お茶会のテーブルが用意されていました。
――すごいですねえ。
テーブルのクロスから、座る椅子から、職人技の光る最高級品。
ティーカップは、吸い込まれそうな鮮やかな青と、金の縁取りがされたクラシックな
ホワイト。なみなみとつがれた紅茶からは、秋を思わせる落ちついた香りがします。
ケーキスタンドには、食べきれないほどの量のケーキやスコーン、マカロンなんかの
美味しそうなスイーツが、どっさりのせられていました。
何だかもう、物語の世界に迷い込んだ気分です。
「あいにくと我が腹心は仕事で不在。門番たちは君も知っての通り、サボった分を
埋め合わせるため仕事中だ。さあ、飲んでくれたまえ」
――はあ、どうも。
頭を下げて、紅茶を一口。
――……っ!!
衝撃に目を見ひらきました。お、美味しい……こんな美味しい紅茶は初めてです!!
ここって、本当にすごい場所なんですね。
「気に入ってくれたようで、何よりだ」
ブラッドさんは満足そうでした。
私も微笑んでうなずき、また一口、口に含みました。

…………

――ディーとダム……大丈夫でしょうか……。
門の前にいるはずですが、帰りが遅い気もします。
――まさか、強いお客さんと会っていてケガなんかしてるんじゃ……。
何となくソワソワして、門の方が見えないものかと、チラッと後ろを見ました。
「やれやれ。目が覚めたら覚めたで、門番たちの心配か?
心配性なお嬢さんだ。まだそんなに時間帯は、経っていないよ」
ブラッドさんはお見通しでした。
――だ、だって、放っておくと、すぐ無茶をする子たちじゃないですか。
と、言おうとしました。しましたが……言葉が出ず。お口パクパク。
ゴホゴホと、咳き込むフリをしてごまかします。
本当に、声帯に何か問題があるんですか、私。
顔をちょっと赤くしましたが、ブラッドさんは気を悪くしたご様子も無く、優雅に
お茶を飲んでおられました。
「君が戻ってきてくれて、私たちも嬉しく思っているよ。
君がいないときの門番の荒れようは凄まじかったからな」
私はフォークでケーキの角を切りとって、口に運びます。
「お嬢さんがうちの門番たちを、見限っていなかったことは幸いだ。
大変なこともあるだろうが、何かあれば、こちらに伝えなさい。力になろう」
こちらが終始無言だというのに、ブラッドさんは普通に話し続けておられます。
でもまあ、ここは異世界。人の命があまりに軽いです。
子どもが門番だったり、ウサギさんがお城の宰相だったり、子どもが恋人を持っても
普通の顔をされたり。私の無口もそれで多少は、許容されているのかもしれません。
「これからも、君が屋敷で楽しく過ごしてくれることを願っているよ。
門番たちも仕事に励むようになったし、何より余所者は見ていて面白い」
ブラッドさんはニヤリと笑い、紅茶を飲む。
……はあ、それはどうも。
私は複雑な思いでピンクのマカロンを一口かじりました。

――でも、子どもに興味はないんですが。


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