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■良かった

夜の森に、可憐な美少女のかすれた息が響きます。
……すみません。調子こいてました。
平凡な少女がゼエハアとあえぐ声です。
先を走る双子は、私を振り返りながら励まします。
「カイお姉さん、頑張って!」
「もうすぐ帽子屋屋敷だよ」
はあ、はあ、それは嬉しいんですが……うう、もうダメです……。

双子は敵の陣地で、迷うことなく私を出口まで誘導してくれました。
逃げることを優先してくれたため、兵士さんと会っても戦闘はせず。
ただ、それだけ走らされました。ハートの城を出て、森の道をひた走り。
そして、時間帯が夜に変わって、どうにか兵士をまいたころ。
……ついに私は体力の限界で、その場に崩れ落ちました。


『お姉さん!』
双子が駆け寄ってきて、抱え起こしてくれました。
私は汗だくで息を切らしています。
「ごめんね。お姉さん、身体が弱いのに」
「ちょっと休もう、お姉さん。無理させちゃって、ごめんね」
……未だにその設定、信じてるんですか、あなたたち。
本当に弱いなら、ハートの城の奥からここまで走れますかっての。
だって最近はエースさんとの野外生活と、残業ずくめの宰相補佐ライフを経験した。
回復どころか、体力がついてきたんじゃないですかね?
……でもこういうときに限って言葉は上手く出ず。
するとディーが何か見つけたのか、一点を指差しました。
「あ、お姉さん。街だよ。帽子屋領に入ったんだ!」
あ、本当だ。街の明かりですね!
「ちょっと休もう?疲れてるし、お腹空いてるでしょ?」
え、ええ。それは確かに。
私がうなずくと、ディーとダムはパッと顔を輝かせました。
そして『こっちこっち』と、足のノロい私を引っ張っていく。
その笑顔は、ここに至るまでのことを、まったく感じさせない明るさでした。


…………


「お姉さん!夕飯だよ!」
パチッと目を開けると、天井が見えました。
何か寝てたっぽいです。
むくりと起き上がると、やけに大きいベッドのある、宿の一室でした。

そうでした、そうでした。双子に引っ張られて、森を出て、宿に入って。
私が休んでいる間に、ディーとダムがフロントに夕飯を頼んでくれたみたいです。
「お姉さんって、変わらないよね」
ダムが私にパスタの皿を渡しながら、間延びした声で笑いました。


「ごめんね。お姉さんが恥ずかしがりなんて思わなかったんだ」
サンドイッチを食べながら、ディーは平然と『あの夜』のことを口にする。
「ごめんなさい。お姉さんのこと、見てるようで、僕たち全然見てなかった」
ライスをスプーンで口に運びながらダム。
は、はあ。それは何より。まあこれに懲りたら、次は正しい男女のおつきあいを……
「やっぱり、最初は××××を××××××すれば良かったね」
「お姉さんは××××と××××、どっちをいじめられるのが好き?」
反省するのはいいんですが……反省する方向が全然違う。
とはいえ、私はパスタを口に運ぶのに忙しい。ナポリタン!ナポリタン!!

「それであの後、お姉さんを探したんだけど、見つからなくて」
ああ。そういえば、最初にボリスさんに拾われ、遊園地でお世話になったんでした。
でもそこのオーナーのゴーランドさん。
私がいじめられたって勘違いして、私の情報を出さないようにしてたらしいです。
その後はその後で、エースさんと人里離れた放浪生活が少し続きましたし。
なーるほど。だからハートの城に居つくまで、足取りがつかめなかったわけですか。
「ひよこウサギにすごく怒られたよ。
『もう帰ってこねえだろ』って言われて、×してやろうかと思った」
ダムが悔しそうに言う。
いえいえ、そりゃ、ショックでしたがそこまで深刻な精神的打撃を受けたわけでは。
…………あるかな。ともかく、子どものしたことですし。
メッタ斬りにされようが、襲われかけようが、次から気をつけてね、としか。
……カイさん。心が広いなあ。しくしく。

…………

「あー、疲れちゃったよ」
「もう仕事したくないね」
お夕飯を食べ終え、お皿を片づけてもらって。
二人はごちそうさまも言わず、大きなベッドに倒れ込む。
ほら口元に食べ残しが残ってますよ。
私は手近な布で、二人の口まわりをゴシゴシこすってやる。
二人はくすくす笑いながら、
「でもさ。お姉さんこそ、ちょっと口の横にちょっとソースがついてるよ」
なぬ!?おのれナポリタン!
「取ってあげるね」
とダムがペロッと……まあ定番な。ため息をつき、布を片づける。

――あなたたちも、全然変わってないですね。
私も靴をぬいでベッドに転がります。頬杖をついて、二人をしみじみと眺めました。
目が合うと嬉しそうに笑いかける、同じ顔の双子。
短くない時間帯離れていて、またどっちがどっちだか、見分けがつかなくなっちゃい
ましたが。でも二人はそんなこと気にしていない様子で、

「ねえ、お姉さん。しゃべってよ」
「うん!カイお姉さんの声、もっと聞きたい」

こちらに抱きつき、猫みたいにすり寄りながら言う。
うーむ。そう言われたらカイお姉さん、張り切りましてよ。
「僕ら、お姉さんの言ったことなら、どんなネタでも笑ってあげるよ」
「無表情に、自分の思考を実況しても、流してあげるよ」
それは、また人の優しさが身に染みる……。
いえいえいえ!私は別に、危ない人では!!
さっきのは、いきなり治って混乱しただけですよ。
……て、待て。治ってるようで治ってないのでは?結局、ハートの城を出てから、
ずっと無言ですしねえ。いえいえ!あのときノドを使いすぎて疲れただけで!
「お姉さん、何かしゃべってよ」
「無表情でじーっと見られると、大好きなカイお姉さんでもちょっと……」
ヤベえ。大人の配慮をしていただいてました。
ではディーとダムに何か……何か……。

「……良かった」

小さく、本当に小さく声が出た。うん。このくらいなら負担はないですかね。
『え?』
ディーとダムはよく分からない、という顔できょとんとしている。
でも私は、言葉にした瞬間に、たまらず手を伸ばし、双子を抱きしめる。
「良かった……ケガをしてなくて、無事で、本当に良かった……」
「お、お姉さん、苦しいよ!!」
「僕ら強いから、ケガなんかしないよ!」
間近の二人は顔を真っ赤にしています。
でも抱きしめるほどに、何だか感情が……何か……止まらないです。
「カイ……お姉さん?」
「な、泣いてるの?」
指摘しないで下さい。余計に涙がボロボロ……出ちゃう……。
「無茶してませんでした?また入れ替わって、傷を隠したりしてないですか?」
「してない!してないよ!」
「僕ら良い子だから!お姉さんに心配かけたりしないよ!!」
慌てたように言われ、顔を上げる。濡れた視界に映るぼやけた双子。
でも、二人の目もちょっと潤んで……潤んで……。
「カイお姉さん!!僕らもだよ!!」
「ずっとずーっと!心配してた!!」
二人がガバッと抱きついてきた。
「お姉さんが二度と戻ってこないんじゃないかって……」
「ひどい奴にひどい目にあわされてないか、撃たれてないかって……」
「ディー、ダム……!!」
私たちは三人でひしと抱き合い、三人で嗚咽する。
「お姉さん、大好き!!」
「もう離れない……!!」
会えて良かった。無事で良かった。

互いに確かめ合い、より強く抱きしめ合い、私たちはいつまでも泣き合った。



……そこで終われば、いい話だったんですけどね。

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