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■女王陛下の命令

そしてペーターさんはやっと手を離した。
……かと思うと今度は私の頬に自分の手を当てる。
手袋ごしだけど、温かい。動物の体温ですねえ。
そのまま顔が近づき、一瞬、キスをされるのではないかと思った。
けど耳元でささやかれる。
「エース君は一度もここに現れなかった」
……は?唐突に何ですか?
「あなたは、エース君の恋人ではない。そうですね?」
はあ。やっとおわかりで。ゆっくりとうなずいてみる。
しかしなぜ今、それを。
そしてやや間を置いてペーターさんは言った。私にやっと聞こえる小さな声で。

「なら、これからは僕の部屋に住みなさい」

……宰相閣下、ひどい職場でストレスがたまったんでしょうか。
目が充血してますねえ……て、もともと赤い目でしたか。てへ☆
と、現実逃避を許さないほどペーターさんは正気の目でした。


「あなたは仕事がとにかく遅く、覚えもかなり悪い。しかも気が利かない」
いきなり文句が出た。
今まで何も言われなかったから『実はあたしって有能?☆』とか思ってたのに。
現実は薄情ですなあ。しくしく。
「無表情でろくに口もきかず、冷静沈着かと思えば非常時には小物の素顔が出る」
な、な、何なんでしょう、ペーターさん。
私はクールキャラじゃなく、ただのコミュ障ですが。外見は戦隊のブルーだけど、
中身はマスコット的な子役ですから!あと非常時ですし、そんな話は後にしません?
ほら、そこ!空気扱いの兵士さんが、困った顔で立ち尽くしてます!!

「聞いた限りではあちこちの領土をフラフラしては男を誘っていたとも」
それには首をぶんぶん左右に振っておこう。
完璧な誤解です……って、いつから、どこまで私のことを調べたんすか。
でもペーターさんは私から目をそらし、独り言のように呟いた。少し頬が赤い。
「こんなよく分からない娘、僕でなければ監督出来ない」
……はあ?
特大の疑問符が脳内をぐるぐるする。
でもその間にペーターさんは兵士さんに指示を出したらしい。
「僕は現場の指揮に当たる。彼女を必ず、僕の部屋に避難させなさい」
やっとスポットの当たった兵士さんもビシッと敬礼。
「かしこまりました、ホワイト卿!
命に代えてもカイ様をお部屋にお連れしいたします!!」
いえ敵のアジトから脱出するわけじゃないんだから、そう悲愴な顔をせんでも……。
あ、外の時間帯が夕方に変わった。ムード倍増ですねえ。

…………

…………

そしてつつがなく、ペーターさんの部屋につきました。
「カイ様、ホワイト卿がお戻りになるまで、こちらに隠れていて下さい」
いやあ、本当に何も無かった。
道中、ディーとダム、もしくはエースさんに会うというドラマもなく。
途中で逃げることも考えましたが、兵士さんへのお咎めが心配でしたし。
兵士さんはごく普通に私を、ペーターさんの部屋に送り届けて下さいました。
――うむむむ……。
目の前で扉が閉められ、兵士さんが持ち場に行く足音。
ペーターさんの部屋の窓から、夕日の光が差す。
――ディー、ダム……早く会わないと……。
赤と白のコントラストで目がおかしくなる。
服に合わせて内装まで、目に痛いチェック地ってどういう趣味。
眼鏡に度が入ってるか知らないけど、もし本物の近眼なら、原因の一端はこの部屋では?

もちろん、内装が普通だろうと、ペーターさんの部屋に住む気なんて毛頭ない。
私は扉に耳をぴったりつける。
兵士さんの足音が完全に消えてから部屋を出ることにしましょう。

――ん?
何だろう。今にも消えかけた兵士さんの足音が不自然に止まったのだ。
どうやら扉のずっと向こうで、誰かに会ったらしい。
しかも立ち話を始めたのか、走る音はなかなか復活しない。
あああ、イライラします。
でも、立ち話?はあまり長く続きませんでした。
何か大きな音がしたあと、足音がまた復活。
ただ向こうに消えるんじゃなくて、こちらに近づいてくる。それも複数。
――ディー、ダム?
いえ、違う。子どもの足音じゃない。ゆっくりしてるし重みがある。
人数も一人じゃない。私はあわてて耳をつけてた扉から離れる。
そして扉が開いた。

「おまえか?ホワイトの寵愛する小娘というのは?」

扉が開くなり、誤解100%の物言いをされました。
目の前にはとても美しい女性が立っています。

背後に兵士さん二人を連れていますが、さっきの兵士さんとは違うようです。
彼らの持つ剣?槍?に真新しい赤をぬぐったような跡がありますが。
それと、彼らのはるか後ろに、何か人のようなものが倒れているような……。
……私の気は女性にそれる。目の前にいるのは、とにかく美しい人だ。
平凡な例えを持ち出すのなら、さながら大輪の薔薇のような。
真っ赤でケバすぎ……ゴホンゴホン!えと、華やかなドレス、威厳たっぷりの錫杖。
何よりその美貌!何という美しさ……。
「答えよ、娘。おまえはホワイトの女か」
全然違います、と首を左右に振る。女性は腰に手を当て、興味深そうだ。
「だがホワイトの部屋にいる。あやつが女を囲うとはのう……それも余所者を」
あ、余所者とバレたし。じゃ、この人も権力者ですね。
見かけからして……ペーターさんがさっき言ってた『女王陛下』ですか。
そして私を見下ろす陛下は、ふいにその口に残虐な弧を描く。

「首をはねよ!今すぐに!」

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