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■宰相閣下の純情

ペーターさんの執務室に、駆け込んできた兵士さんは言った。
「城内に侵入者有り!!帽子屋の門番、ブラッディ・ツインズです!!」

けど、宰相閣下はちょっと眉をひそめただけだった。
「それだけですか?どうせまた物騒な遊びをしに来たんでしょう。
袋のネズミになるような奥までは入りませんよ。そんな下らない報告のために……」
とペーターさんが、一度下ろした銃をまた兵士さんに向けようとする。
それを見た兵士さんは慌てて、
「それが、いつもとは違う様子なんです!何かを探しているようで、兵士やメイドを
斬りながら、城内の奥深くへ侵入し……」

そしてパリンと何かが砕ける音がした。
兵士さんとペーターさんがこちらを見る。
足下には、私が今しがた飲んでいたティーカップの破片が転がっている。
紅茶の染みが赤のじゅうたんに無残に染みこんでいく。


――まさか……あの二人、私を……!
ペーターさんはそんな私を軽蔑したように見、兵士さんに視線を戻す。
「あのイカレ帽子屋のことだ。どうせ紅茶でも盗みに来たのでしょう。陛下は?」
「はっ!女王陛下におきましては、他の兵士が護衛に馳せ参じたのですが……」
なぜか、言葉の終わりに言いよどむ。
「その、弱い小娘のような扱いをするなとお怒りになり、その場の兵士全員が……」
「予想は出来たことです。陛下は今どちらに?」
「さあ。何しろその場にいた全員が……されたため、所在が……」
兵士さんの言葉は一部、聞き取れなかった。ペーターさんは舌打ちしている。
「……あのババア」
ん?今、ペーターさんが怖いことをボソリと言ったような。しかし兵士さんの方が、
もっと怖いことを報告してた気がするのは、気のせいでしょうか。

「軍事責任者のエース君はどうしています?」
「それが……エース様も三十二時間帯前に城内で見かけたという、報告を最後に目撃
情報が途絶えておりまして……」
――軍事責任者ぁ!!
というか……つまりお城の兵士さんたちは、自主判断で女王さまの護衛に駆けつけて
逆にとばっちりを受けたんですか?何て気の毒な……。
ペーターさんも呆れたように天井を仰ぐ。そして立ち上がり、
「僕は、城やあのババ……女王陛下がどうなろうと構いませんが、他の役持ちに僕の
城を踏み荒らされるのはごめんです。それもイカレ帽子屋の子供に」
……ええと、ツッコミどころが何点かあるのですが。いいでしょうか?
「仕方ない。僕が兵の指揮をしましょう」
「ホワイト卿!!」
ツッコミたい私と裏腹に、兵士さんはペーターさんに敬礼する。
驚きと嬉しさ半々といった感じ。確かに、ペーターさんのキャラじゃない気も。
いえ、宰相が敵分子を放置するんじゃ本気で終わってますが。

――て、いえいえいえ、そうじゃない!ディーとダムですよ!!

私を探しているのでしょうか。
でも、ペーターさんの言うとおり、本当に紅茶を取りに来ただけなのかも。
時間帯も経ってるし、飽きっぽい子どものこと。
私のことなんかとっくに忘れていて、おかしくない。
でも影響力がゼロになったわけじゃないはずだ。
――城の人たちを斬るなんて、止めさせなきゃ!!
私は走り出そうとして……
「どこへ行くんですか」
――っ!!
ペーターさんが私の手首をしっかりとつかんでいた。手袋の感触がする。
……あれ。直に触られた。
雑菌がつくからって、直接触ってくることなんてなかったのに。
そしてペーターさんは、宰相の椅子から立ち上がり、兵士さんに命じる。
「この娘を僕の部屋に避難させなさい」
はあ、そうですか。お気遣いどうも。
……え?何で?
戸惑う私をペーターさんは氷のような目で見下ろし、
「あなたは小心すぎる。たかが子どもが襲撃したという話に、カップを落とすほど
動揺し、今も錯乱して逃げようとした……僕がここにいるというのに」
最後の一言に、特に暗い怨念がこもっていた気がする。
え?え?ええ?何かペーターさんの言葉の意図がよく分からない。
あと、私が動揺とか錯乱とか、全っ然、誤解です!私は帽子屋領の人間です!
……と、言いたかったけど、例によって言葉が出ず。
――待て待て待て!定番の言い訳をいつまで使ってますか、私。
考えてみれば、絵で伝えればいいんですよ。英単語を並べるって手もありますし。
宰相閣下の執務室には、紙とペンなんて捨てるほどあるんだから。
……で、私が手近な紙を取ろうとしたとき、
「…………」
宰相閣下が、未だ離さない私の手首を引き寄せる。
うわ、顔が近いですよ!息がかかりそう!
あと間近で見るほど美形です!ウサ耳だけど!

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