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■ペーターさんの宰相補佐・下

――早く逃げ出したいのに、それもこれも、私が……。
ちゃんとしゃべれれば、ここまで長期滞在することもなかったでしょう。
いい加減どうにかならんのでしょうか。
せめてここの言葉で文字が書けたらなあ……。
ああああ!学校で英語の勉強をちゃんとやるんだった!!
ていうかエースさん!!いい加減お城に帰って来て下さいよ!!
と、私がまたも脳内で一人絶叫していますと、
「…………」
ペーターさんがまた指をパチッと鳴らした。
あ、紅茶のおかわりですか?
ペーターさんのティーカップに手を伸ばそうとすると、
「違う」
と止められました。ま、まずい!ご機嫌を損じた?何か不機嫌そうな顔。
確かにティーカップの紅茶は、半分以上残ってて湯気を立てていますが。
「グズグズするな。すぐ紅茶を取って来なさい」
――は、はい!
頭に疑問符も浮かんだけど、宰相閣下の命令は絶対。
私は恐怖にかられ、あわてて扉に走っていた。
扉を開けると、耳の良いメイドさんが、すでに新しい紅茶を淹れて私を待っていた。
私は頭を下げてそれを受け取り、後ろ手に扉を閉める。
そして零さないよう、早足で戻り、宰相閣下に新しい紅茶を……

「飲みなさい」

……は?

一瞬、ペーターさんの言ったことが信じられなかった。
え?飲みなさいって、私にですか?
「おまえは少し難しい顔をしていました……。
昼の時間帯が続いている。おまえは立ちっぱなしだから……その……」
宰相閣下が珍しく言いよどむ。え?えー。そ、そりゃ確かにノドが渇いてましたが。
つまり私が内心絶叫してたのが顔に出て、『ノドが渇いた』と判断された……?

いえ、不正解なのですが。それにしても意外だ。
……自分以外、いえ、自分自身にさえ無関心な人に見えたのに。
「何を突っ立っている!僕の配慮を裏切るのなら……!」
ヤバ。声が低くなってます。あと『配慮を裏切る』って言葉、あったっけ?
私は慌ててペーターさんに頭を下げ、ティーカップを口に運び、ゆっくり一口……

――……美味しい!!

目を見開く。紅茶がこんなに美味しいなんて。ガンと頭を打たれたみたいな衝撃だ。
それは表情に出たらしい。
「フン。驚くことではありませんよ。この城の紅茶は最高の茶葉と、最高のブレンド
技術を持っている。むしろ不味ければその方が問題だ。でしょう?」
自分が淹れたかのように得意そうな声。
でも意外だ。ペーターさんから話を振ってくるなんて。
だが……だが、話を振られることのプレッシャーをあなたはご存じか!!
どう返事を?ど、どう返せば!?で、でも、言葉が上手く浮かばない……!
というか、それ以前に声がちゃんと出ますか自分!
さあレッツ・オープン・マイ・マインド!!
「フン……つくづくおかしな娘だ。全く話さない、表情もあまり変えない」
しゃべらない私に、ペーターさんの冷たい声。
すみません、すみません、本当すみませんっ!!
……い、いえ。内心ではしゃべりまくってるのですが。どうも私はアウトプットに
何らかの支障があるらしくて……。
「だがおまえは……」
と紅茶を不味そうに飲みながら、ペーターさんは私を見る。

「僕を、苛つかせない」

あれ?今、ちょっと笑ったような。気のせいかな。
「……カイ」
それと名前を呼ばれました!
名前自体は、エースさんが私の名を連呼していたから、知ってたんでしょう。
しかし、出会ってどれだけ、どれだけ時間帯が経ってからですか!
今まで『おまえ』とか『娘』くらいしか呼ばれなかったのに!
よく私の名前を覚えてましたね。さすが宰相閣下。記憶力がいいなあ。
でも嬉しくて、つい頬がゆるむ。そしてそんな私を見ながらペーターさんは、

「そうか。名を呼ぶと顔が崩れるのですか、あなたは」

……女性に対してあんまりな発言が出ています。
でもまあ営業スマイルはあえて持続で。ペーターさんはそんな私を見、
「それならもっと早く、名を呼ぶべきでしたか……」
ポツリと独り言のように呟き、ティーカップを置く。何なんでしょう、さっきから。
だけど執務に戻る様子はなく私を見ながら、何か考えてる風だ。
まるで次に何を話しかけようか慎重に探ってるような……。
「……それで、カイ。あなたは……」
よく分からない人だ。冷酷非情な顔のままなのに、どこか焦っているような。
と、ペーターさんの言葉を待ちながら、私が首をかしげていると、
「何ですか。騒々しい」
ペーターさんが長い耳をピクッとさせ、顔を上げる。
私には聞こえないけど、どうやら誰か来たらしい。
そして私の耳にもバタバタと足音が聞こえ、執務室の扉がバーンと開けられる。
そこには血相を変えた兵士さんがいた。彼は汗をかき、息を切らしながら敬礼し、
「お仕事中、申し訳ありません!至急、ご報告したいことがございます!」
だけどペーターさんは無表情に、
「僕たちの邪魔をするとは万死に値する。遺言くらいは聞いてあげましょう」
すでに時計を銃に変えたペーターさんは、まっすぐに兵士さんを狙っていました。
――ん?僕『たち』……?
しかし私が内なる追求を開始する前に、恐怖に縮み上がった兵士さんが叫ぶ。
「も、申し訳ありません!宰相閣下!ですが緊急事態です!!」
その勢いに多少は動かされたのか、ペーターさんは宰相の顔に戻り、銃を下ろす。
「話しなさい」
そして兵士さんは一呼吸置き、言った。


「城内に侵入者有り!!帽子屋の門番、ブラッディ・ツインズです!!」

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