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■ペーターさんの宰相補佐・上

私が『ペーターさん』という人に銃をつきつけられ、撃つと宣告されて。
そうして、どれくらい経っただろうか。

私は床にペタンと座ったまま、固まっていました。
恐怖より失望より怒りより、ただただ現実感がなく。私は固まっていました。
「……フン、下らない」
突然、ペーターさんがそう言うのが聞こえた。
同時に、こめかみにあった鉄の感触がなくなる。
――え?助かった?
とはいえ、まだ油断は出来ず、私は動かずにいました。
そしてまたペーターさんの独り言が聞こえる。
「泣きわめきも命ごいもしなければ、銃を突きつけられ、表情を動かしさえしない。
こんな下らないものを撃っても弾の無駄だ」
反応が無さすぎてつまらないって、ことですか?いじめっ子か、あんたは。
で、私はバクバクする心臓を抑えながらやっと顔を上げ、彼を見る。

ペーターさんは涼しげな顔をして立っていた。あ、結構な美形で。ウサ耳だけど。
すでに銃を持っておらず、代わりに変な懐中時計?を肩からさげていた。
……とにかく銃は持って無い。どうやら本当に危機は去ったらしい。
――私の無口もたまには役に立つんですねえ。
あとはペーターさんが気を変えないうちに、この場を去るのみ。
エースさんが私を見捨てたのはショックだったけど、迷子癖の彼さえいなければ、
帽子屋屋敷に戻るまで一時間帯もかからない。本当に長いこと留守にしてしまった。
――ディー、ダム。今度こそ帰りますから……。
私は砕けそうな腰で何とか立ち上がり、フラフラとお城の廊下を歩き出そうと……

「どこへ行くんですか?」

氷のような声がかかり、私の身体が凍りつく。
そーっと、そーっと振り向くと、白いウサギ耳の赤い目のペーターさんが、
「エース君がサボった分の仕事を、あなたにも多少はやってもらいましょう。
恋人が人質になっていれば、彼の放浪癖も少しは収まるでしょうしね」
と、邪悪に笑う。いえ、あの、恋人でも何でもない赤の他人なんですが。
第一、恋人なら、あんな場面で見捨てないでしょう……。
そう言いたかったのですが、怖くてやはり声は出ませんでした。

――い、いやいや!エースさんが出て来てくれればいいんですよ!
エースさんはペーターさんのことを怖がらず、私を助けてくれる(多分)。
彼は城内に(多分)いるんでしょうし、すぐにまた会うでしょう(多分)。
そうすれば私は無罪放免、晴れてお城を出ることが出来るのです(多分)。
…………最近、自分の未来に確信が持てないなあ。
と、こちらの切なる祈りを知りもせず、ペーターさんは歩き出す。
「ついてきなさい、娘。遅れたら撃ちますよ」
はあ……と密かにため息をつき、他に選択肢もなく、私はペーターさんの背を追い
かけていきました。
――エースさん。すぐに助けに来てくれますよね……。

…………

…………

いい天気ですねえ。
窓の外はよく晴れていました。
ここは宰相閣下の執務室で、ペーターさんは書類のお仕事をされています。
私はほかに誰もいないこの部屋で、一人、彼のそばに控えています。
「これを」
何か書きつけた書類を渡され、私はよく分からないながら、判を押す。
「例のものを」
と言われ、宰相閣下の書類の山から『多分これ』と思しきものを取る。
ペーターさんはそれを取り、さらさらと何か書きつけ、また私によこす。
どうやら正解だったらしい。で、こちらはまた判を押す。

そんな時間が続き、ふいにペーターさんがパチッと指を鳴らす。
――あ、紅茶の合図ですね。
私は小走りに執務室の扉に駆けていく。
扉を開けると、お仕事の早いメイドさんがすでに紅茶をお盆にのせていた。
私はありがたくそれをいただくと、ペーターさんのところに戻る。
トレイの上の紅茶をスッと差し出すと、ペーターさんはチラッと私を見て、それから
無言でティーカップを取り、ゆっくりと紅茶を飲む。
……とても静かだ。
執務室には私とペーターさんだけ。
雑菌がホコリがと、どうこう言って窓さえ閉め切られて。
ペーターさんは仕事のこと以外で私に話しかけず、もちろん私も話さない。


私がこのお城に来て、それなりの時間帯が経ちました。
どうも、このペーター=ホワイト卿はお城の宰相閣下だったらしい。
メイドさんからその話を聞いて、ものすごく驚きました。
確かに仕事は有能で早いけど……けど性質は冷酷そのもの。
兵士さんだろうとメイドさんだろうと、彼がためらいなく撃つ姿を何度も見た。
でもヘタレすぎる私は、凶行を止めるどころか、恐ろしさに震え上がるだけ。
次の犠牲は私かと恐怖し、最初のころは、言われた仕事を自分の頭に叩きこんで、
何としてでも、撃たれないよう、一時間帯、一時間帯をやりすごしてきた。
そうするとなぜか仕事がどんどん増えていった。
こちらも命がかかっているから、死にものぐるいで仕事を覚える。
そのうちペーターさんは大半の雑用を、あれそれどれの代名詞や、指パッチンで私に
命令出来るようになった。
まあ、女王陛下の謁見までは、さすがに許可されなかったけど。

でも気がつくと、各種雑用、簡単な書類整理、なぜか宰相印の押印までさせられ、
果てはお茶くみや、宰相閣下の部屋の掃除まで私の仕事ということになっていた。
もうエセ宰相補佐というか側付きメイドというか何というか。
仕事が終わればハートだらけの客室に追いやられ、バタンキュウとベッドに倒れこめば
夢も見ない深い眠り。起きるとまた宰相閣下との一日(?)が始まる。

ちなみに今に至るまで相当の時間帯が経っているけど、未だエースさんは現れず。
……本当に大半の時間を放浪しているらしい。何て人だ。
だからエースさんには期待しないことにして、仕事が終わって一人になったとき、
こっそり逃げようとした……のですが、
『すみません。宰相閣下の命令で、あなたが逃げないように見張っていろと……』
……部屋を出てすぐ兵士さんに捕まり、申し訳なさそうに部屋に戻されました。
でもカイさんは、基本的に、丁重に扱われてます。
私が『エースさまの恋人』と見られていることもあるようですが、
『あなたさまが来て下さってから、ホワイト卿のご機嫌がとてもよろしいのです。
撃たれる事も少なくなって、みんな喜んでますわ』
と私のお世話をするメイドさんが笑顔で言っていた。

……機嫌がいい?どこがですか?
私を撃ちこそしないものの、笑顔を見た記憶もないのですが。それに記憶する限り、
ペーターさんは兵士さんメイドさんをバンバン撃ちまくってましたが。
あれでも『少なくなった』方らしい。本当に、何つう城ですか……。

あとダムじゃないけど、お給料もらえないんでしょうか……。

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