続き→ トップへ 目次に戻る ■エースさんとアウトドア・下 「カイ、そろそろ起きなよ」 誰かに揺さぶられる。 「カイ、外は朝だ!俺たちの冒険を祝福してるような清々しい空だぜ!」 さらに揺さぶられる。んん……あと五百時間帯寝かせて下さい……。 「カイ……イタズラしていいかな」 ――っ!! ガバッと起きると、テントの中でした。 そしてエースさんが私の足下にかがみ、下の服に手をかけたところでした。 ――……変態……。 エースさんは私を見ると悪びれもせず笑顔を見せ、 「あはは?起きた?そんな顔するなよ。冗談だって」 い、いや、当たり前に服を下ろしかけてたでしょう、あなた。 ……ま、まあ本気でいかがわしいことをするなら、夜にいくらでもチャンスはあった わけでありまして。ちょっと冷や汗物でしたが。 そして私はお布団から身体を起こしました。 「おはよう、カイ」 『おはようございます』とペコッと頭を下げると、笑われました。 「あはは。本当に無口な子だな。それじゃ、朝ご飯にしようぜ」 そう言ってエースさんはテントの外に出て行った。 ううう。無口を指摘されると辛い。いっそ貝になりたいです。 ………… ――この世界って、こんなにシンプルだったんですか。 「良い眺めだよなあ、カイ!」 丘の上から不思議の国を見下ろし、エースさんは楽しそうに言う。 「いい天気だぜ。冒険日和だよな。な、カイ!」 ……いえ、冒険も何も。××時間帯あれば世界一周できるんじゃないですか? まず帽子屋屋敷が普通に視界に入ります。 ぐるっと左を見ると変な塔が見え、その向こうに遊園地が見えます。 そして私たちの後ろには大変に奇妙な形をしたお城。 この国のメイン建造物はそれだけらしい。あとはお店や民家のみ。 ――……まあ、いいですか。 とにかく。さして遠くに来たわけではないと分かってホッとしました。 これなら一時間帯もしないで帽子屋屋敷に帰り、双子に会うことが出来る。 その後で遊園地にお礼を言いにいくことも出来る。 そう考えるとたまらず、私はさっさと丘を下りようとし、 「君はそっちに旅に出たいんだ。じゃあ俺も行くよ」 あ、失礼。エースさんのことを忘れてました。 でも短い距離ですし、同行は不要ですよ。 私は後ろから普通についてくるエースさんを振り返り『ありがとうございました。 ですが、私は帽子屋屋敷に帰りますのでお構いなく』という風なジェスチャーをして みたんですが……。 「うんうん。帽子屋屋敷に行きたいけど不安だからついてきてほしいって? この騎士に任せておいてくれよ!」 ドーンとたのもしげに胸を叩かれた。 ……あうううう。本当に、声出ろ。私の声! でもいくら出そうとしても、出るのは、いいとこ、変にかすれた息。 「大丈夫?君、ぜんそくなのかい?」 挙げ句、エースさんに顔をのぞきこまれ、背中を撫でられました。 何か手つきがいやらしい気がするんですが、気のせいですよね。 まあ、見かけよりも物騒な世界。短い距離でもエースさんがついてきて下さることは 確かに心強い。そう私は決めて、丘を下りました。 「よし!帽子屋屋敷への大冒険に出発だ!」 いえ一時間帯もしないでお別れですから。 ………… ××時間帯後。 頭上を弾丸が貫通し、私は卒倒するところでした。 ――い、今、もう少し頭を上げてたら……! ゾーッとして逃げようとした頬の先をまた弾丸が貫通。 私は逃げようとした姿勢のまま、廊下にへたりこむ。 ……あ。腰が抜けた。動けませんで。 そしてヘタレな私をよそにエースさんは笑う。 「あははは!ペーターさんってば短気だなあ。 ちょっと遅れたくらい、いいじゃないか!」 「どこが少しですか!軍事責任者が×××時間帯も城を空けて!!」 エースさんってこのお城の軍事責任者だったんですか。いえ、それはさておき。 目の前ではエースさんと『ペーターさん』なるウサギさんが戦っています。 エリオットさんのこともあるので、私はウサギさん全般に好印象がありました。 ですが、目の前でエースさんを撃ちまくる白ウサギさんはとても怖そうです。 「女と遊んで仕事をサボるような無能な部下は不要だ! 僕のために今すぐ逝って下さい!!」 「あはは!カイは俺の恋人じゃないぜ?でも彼女を守るため、俺は戦う!!」 襲い来る銃弾を剣でかわすエースさん。 ……お言葉は大変頼もしいのですが、一時間帯で帰れるところをお城に迷い込んだ のはあなたが原因では。 私がまっすぐ帽子屋屋敷に帰ろうとするのを『俺の勘ではこっちが近道だ!』と謎の 言動で獣道に引っ張り、不思議の国中を大冒険した挙げ句、ハートのお城に入って しまい、入っても薔薇の迷路だのお城の中だので迷う迷う。 そして上司らしき白ウサギさんと鉢合わせし、銃撃戦となったのです。 私は腰が抜けたまま、現実逃避にお城を見る。 見かけの前衛っぷりに対し、城の作りはなかなかに堅牢。 至る所にあるハートのモチーフの乱用は、帽子屋屋敷に通ずるところがあります。 が、あちらは帽子マークで、まだ『芸術』と、一億歩譲って解釈が出来ないことも ないのですがこちらのモチーフはハート。何やら狂気のかほりがいたします。 で、私の目の前で銃弾が飛び交ってます。 とっとと戦場を抜けて帽子屋屋敷に帰ろうにも、怖くて震えて逃げられません。 「あははは!ペーターさん!怒りすぎると耳が縮むぜ! それじゃ、俺は女王陛下に謁見に行くから。また冒険しようぜ!カイ!」 とエースさんは笑い、銃弾をかわしながら走って行きました。 あ、どうもありがとうございました。また一緒にキャンプしましょうー。 こちらに手を振るエースさんに私も笑顔で手を振って、彼の背中が廊下の向こうに 消えるのを見送りました。 …………え? そして、こめかみのあたりに鉄の感触。 「さて……エース君は逃げたので、彼に代わり、あなたに僕の苛立ちを沈めてもらいましょうか」 ペーターさんなるウサギさんの声が聞こえました。 動きたいのですが、腰が抜けている上、動いた瞬間に全てが終わる気がいたします。 「己が逃げた咎(とが)に恋人を撃たれる。エース君の顔が今から楽しみですねえ」 と、サディスティックな笑い声が聞こえます。 いえ、別に私はエースさんの恋人でも何でもないのですが……。 と釈明したくとも歯の根がガチガチなって声が出ませんです。 あと、私が撃たれてもエースさんはごく普通に笑ってる気がします。 何となくだけど。 4/6 続き→ トップへ 目次に戻る |