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■エースさんとアウトドア・上

時間帯は夕暮れ。場所は森の奥深く。
――……テント、ですね。
私カイは草むらに正座し、思考しておりました。
何度確認しても、目の前にあるのはテントです。
中でごそごそと人の動く気配があります。
そしてテントの入り口がピラッとめくられ、エースさんが中から出て参りました。
「よし、設営完了!布団も敷き終わったし、中に入って休んでていいぜ。余所者君」
爽やかな、とても爽やかな笑顔で仰いました。
はあ、それはどうも……。


エースさんは本気で、初対面の女の子とキャンプをされるおつもりのようです。
まあ私は知識の無さゆえ、テント設営の手伝いなどは出来ませんで。
『休んでてくれよ』という言葉に甘え、木の根元に座って、エースさんがテキパキと
テントを組み立てていく様子を、目を丸くして見ておりました。
そしてエースさん、今、疲れた様子もなく、テントのわきで大きくのびをいたします。
「さて、それじゃあ夕飯を作るか!可愛い女の子が一緒に食べてくれるから、頑張らなきゃな!」
私を見ながらニコニコと嬉しそうに言うエースさん。リップサービスをどうも……。
私はうなずくのも微妙で、特にしゃべらず、木の根元に座っておりました。
そんな私をよそに、エースさんは木の枝を集め、焚き火の準備を始めました……。

…………

時間帯変わりまして、夕方から規則正しく夜です。
私の目の前では焚き火がパチパチと燃えています。
「どう?ハートの騎士特製、鳥と野菜の串焼きは」
私はもぐもぐとお肉を噛みながら、うなずきました。
――美味しい!本当に美味しいです!
ええ、本当。野外料理なのに、とても美味しいです。
さばきたての鳥さん、新鮮な取れたて野菜、直火焼きしたお肉、ちょうどよい味付け
……最高!!シンプルさこそ至高。素朴な料理がここまで美味しかったとは!!
「あはは。気に入ってくれたみたいで良かったぜ」
エースさんも、別の串焼きを頬張りながらニコニコしています。
私がバクバク食べ続けるからか、エースさんは見るからに上機嫌です。
焚き火にさした串焼きはみるみる、二人のお腹におさまっていきました。

美味しい、美味しい。肉を食べて元気がみなぎってきた!
と、満腹感に満たされていますと、スッとカップが差し出されました。
「はい、お茶。食べ過ぎると胃に悪いぜ」
私はありがたく押しいただいて、フウフウ冷まして飲む。
ああ、胃に優しい味……なんかホッとしますね。
――…………。
「あれ?余所者君?食べたら眠くなった?」
……は!し、失礼いたしました!!
ちょっと船をこいでしまったようです。間近でエースさんに話しかけられ、ビクッと
したカイさんでした。でもエースさんは笑ってらっしゃいます。
「あははは!本能に忠実な子だな。でも、そんな子は大好きだぜ!」
頭をグシャグシャッとされました……。
私は手で髪を直しつつ、ご機嫌なエースさんを見ます。
またも余所者パワー?初対面同然のエースさんからも気に入られ、怖いくらいです。
でも、私は人見知り気味なので、一方的な好意に違和感がありますし、正直、戸惑う
ばかりなのですが……。

そして私の複雑な心中を知るはずもなくエースさんは、
「それじゃ、片づけは俺がやるから、君はもう寝なよ」
――い、いえ!そんな図々しい真似など!!
顔を少し赤くして立ち上がります。でもエースさんは『いいから、いいから』と、
逆に立ち上がった私をテントの方に押す。
「眠いんだろ?遠慮するなよ、余所者君」
そしてふと、エースさんが止まりました。

「そういえば、君、なんて名前だっけ?そろそろ教えてくれないか?」

あー……そうだった。さっきは『怖くて口もきけない』と勘違いされたんですよね。
――でも、またお口パクパクですと、恥の上塗りですしね……あ、そうだ!
私は地面に落ちた小枝を拾い始めました。
いきなり妙なことを始めた私に、エースさんは不思議そうに、
「余所者君、何をするんだ?もう焚き火は消すから、枝はいらな……あ、なるほど」
エースさんも気づいたようです。
私は近くの地面に小枝を、ちょうどマッチ棒を並べるように置いて行きます。
そして英語表記で自分の名を……

「そっか!君はカイって名前なんだ!」

地面の小枝の文字を読んだエースさんは嬉しそうに笑いました。爽やかだなあ……。
「そっかそっか。じゃ、改めて、よろしくな、カイ!」
頭を撫でられ、私もニコニコと微笑みを返します。
そしてエースさんは再度私に、テントの中で休むよう勧めて下さいました。
「ゆっくりしててよ。俺、女の子とキャンプが出来て、本当に嬉しいんだぜ」
そう手を振って、テントの外に出て行きました。

ポツンとテントの中に残された私は、仕方なく寝具の中に入り、ハート柄(!)の
枕に頭をつけました。でも寝つきのいい私も、さすがにすぐには眠れません。
――うーん、色んなことがありましたからね。
テントの外ではエースさんが鼻歌を歌いつつ片づける音。
――エースさんって紳士……いえ、騎士だなあ。本当にいい人なんですね。
アウトドアとか迷子癖とか、ちょっと変なとこはあるけど、騎士という階級に恥じない
高潔な人なんですね。
エリオットさん、使用人さん、メイドさん、ボリスさん、ゴーランドさん、そして
エースさん……この世界の人はときどき怖いけど、優しい人だらけです。

でも目を閉じると、浮かぶのは、私に困ったことばかりする双子たち。

――ディー、ダム……。
私が見てない間に大きなケガをしてないでしょうか。無理をして、ちゃんと手当を
せず、危険な門番をしたり、抗争に出たりしてないでしょうか。
そう思うと、一刻も早く帽子屋屋敷に帰りたい。
二人が無事かどうか、それだけが心配です。

――二人とも、私を嫌いになっていてもいい。どうか元気でいて……。

私はテントの中で目を閉じ、いつしか眠りについていました。

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